第32話 ディスコミュを征く男たち

 おそるおそる安昼あひる君の方を向く。

 目が合い、目が合って、無言。


 なんというか猛獣を前にして、死んだふりをするか否かを考えている感じの安昼君。


 俺もついくせでそらそうとするのをこらえ、


「さっきは、その。巻き込む形みたいになっちゃって、ごめん」


 どうにか声を絞り出した。

 安昼君がキョロキョロと周りを見回してから、自分自身を指さしたので頷く。 


「あー……いや。迷惑じゃなかったですし、俺的にはご褒美でしたし。だから、アニ……じゃなかった。兎野、君も気にしないでいいっすよ」


 それよりも、と安昼君がこちらに身を乗り出し、小声で話しかけてくる。


「色々大変だろうけど頑張ってくださいよ。ライバルは多いんで」


 ライバルが多いとは?


 もしかして他校に俺を潰そうとする不良がいる的な意味かな?

 俺の身を案じてくれるなんて……いい人だ、安昼君。


「それは平気だよ。今は一人もいないだろうし。万が一があっても守るから」


 みんな、をまでは恥ずかしくて言い切れなかった。


 数年ぶりに〈GoF〉以外で、同い年の男子のクラスメイトと日常会話をしているので緊張が凄い。


 声帯とメンタルの限界値がきてしまい、一時クールダウンが必要になってしまった。


「す、既に全員を!? いやでも成功者0人。挑戦者百連敗中らしい、無敗にして常勝が相手。誰も隣に並び立つことができずにいた人と対等にあるのなら当然なのか」


 え? 本当にめちゃくちゃ凶暴で極悪不良が他校にいるの?


 学ランの袖を引きちぎってトゲ付きアーマー装備で、チェーンを振り回すワイルドスタイル的な。


 うちの学園でそんな噂は耳にしたことはないし。自由な校風だけど、度が過ぎた悪行は決して許されていない。


「……さすがに流血沙汰さたは迷惑で問題になるし。もしもの時は警察呼んでほしいかな……なんて」


 冗談だったとはいえ、現実になったら大変なのでちゃんと言っておこう。


 嘘から出たまことになったら嫌だし。悪ノリしすぎた。自分でも思った以上に舞い上がってしまっていたみたいだ。反省しないと。


「自分の血を流してまで!? そ、そこまでの覚悟が! さすがっす! 兎野のアニキ! あ!? すんません、生言っちゃって!」


 ……ちゃんと通じているのか不安になってきた。


 さっきから舎弟しゃていっぽい喋り方だし、やっぱりまだ壁があるせいなのかな。

 普段は爽やかを地で行く安昼君なのに、俺と話しているせいかどこかおかしい。


「別に。その、アニキでもいいよ」


 だから、なんとか緊張を解きほぐそうと、呼び方も好きにさせてあげたかった。

 俺をなんと呼ぼうが些細ささいなことだし、むしろ特別感があっていいかもしれないし。


 まだ舞い上がってるかなあ……俺。


「え、そうなん? はっ!? まてまて。さすがにアニキは急接近すぎるだろ」


 効果はあったらしく、安昼君が我に返ってくれたけど。


「……うん。自分で言って違うかなって思った」

「……意外に天然?」

「そうなのかも」

「軽いな、おい。天然確定じゃないか。なんか気が抜けた」


 硬い表情をしていた安昼君がおかしそうに笑う。


「じゃあ、えーっと。兎野、でいいか?」

「いいよ。で、安昼君。さっきの話は冗談だから。真に受けないでくれると嬉しいかなって」

「分かってるって。謙遜けんそんしないでいいさ。今は落ち着いて静かに学園生活送りたいってことだろ? 邪魔する気はないよ。応援してるぜ」


 あ、ちゃんと通じてるみたいで安心した。

 さらに口元を手で隠して消えそうな声で話しかけてくる。


「……で、話は変わるけどさ。兎野もさ。その、さ。女子に尻に敷かれたいっていうか……そっち系?」

「え? そっち系って?」

「え?」


 え? をお互い真顔で3回言い合ってしまう。


 特に尻に敷かれたい的な考えはしたことがないのでなんとも答えられない。

 さらに続きの方も難解な問いかけだった。


「あれ? 違った……? すまん、兎野。今の忘れてくれ」


 安昼君は悟った目で天井を見つめ、やがて顔を手で覆い隠してしまった。

 そっち系とは? 答えを教えて欲しい。


 ……安昼君? 安昼君? と視線を投げかけても反応はない。

 会話って難しいなあ……と安昼君と一緒になって天井を見上げる。


「はーい、ホームルームを始めるぞー」


 と、クラス担任の蜂牟礼はちむろ先生が教室に入ってくる。


 担当科目は数学。ミステリアスな雰囲気にあった長髪で、男子よりも女子の人気が凄い女性の先生だ。


「出席取るぞー安昼ー安昼……? おーい、安昼? 大丈夫か?」

「は、はい! 大丈夫です!」


 安昼君が立ち上がり、直立不動で返事をした。


「そ、そうか。無理はするなよ。調子悪かったら隠さずちゃんと言うんだぞ」


 蜂牟礼先生が何度もまばたきしながら言った。


 驚く時は驚くし、分かりやすいリアクションをする。

 授業中じゃなければ、ハッチーなんてあだ名で呼ばれても目くじらを立てない。


 親しみやすさも兼ね備えているから、さらに人気があがってしまうんだろう。


「兎野ー……え? 兎野だよな?」


 蜂牟礼先生が今度は目をこすり、俺を凝視した。

 うん、人気な理由が分かる気がする。

 あ、返事しないと。


「はい。兎野です」

「そうか兎野本人なら問題なしだ。うん、問題なし。本当に……兎野だよな?」


 さらに確認されてしまった。


「はい、兎野真白です」

「フルネームで答えろと言ったわけでは……すまない、兎野。今のは先生が完全に悪かった」

「いえ。気にしてないので。蜂牟礼先生こそ謝らないでください」

「そうか。ありがとう。兎野の優しさに感謝だな」


 蜂牟礼先生が涼しげな笑みを浮かべ、頷く。


「今日は、そうだな。みんなで体調に気をつける日にしよう。体調が悪そうな人を見たら助けてあげなさい。特に……安昼とかな」


 はーい、とのんびりした返事が教室中から上がり、点呼は続く。


 ……俺が話の対象の一人だったとしても、緊張感はない。緩い空気感だ。

 そうして少し変わりつつある学園生活が始まる。


 ◆


「緊急招集ボタン発動!」

「もうしてるじゃん」

「ヘイヘーイ! お昼だよ四人集合からのーバックルームポインツナウ!」

「よろしくお願いします」


 昼休み、獅子王さんと昼食を食べていた体育館裏の片隅に、虎雅こがさんと豹堂院ひょうどういんさんも一緒に集結した。


「とりま昼飯から食べよっか」

「うむ。腹が減っては会議もできぬぞ」


 二人がいそいそとお弁当を取り出し始める。


「え? 会議は!?」


 いつもなら率先そっせんしてお弁当を開けてそうな獅子王さんが驚きを見せていた。

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