第26話 地獄の遊戯参番勝負

「兎野軍曹。よくぞファーストプログラムを耐え抜き、セカンドプログラムの地に辿り着いた」

「……一緒に来たよね?」


 なんだか獅子王さんにツッコミを入れるのに慣れてきたかもしれない。

 しかし、俺の貧弱なツッコミでは獅子王さんはびくともしない。


「地獄の遊戯参番勝負。不特定多数の衆人環視しゅうじんかんしの中、兎野軍曹は冷静にゲームをプレイできるかな?」


 セカンドプログラム会場の地は複合商業施設にあるゲームセンターだ。


 既に色々な筐体から発せられる音がやかましく鳴り響き、身体の芯から揺らされてる気分だ。


「ってわけで、兎野君。ゲーセンは来たことある?」


 鬼教官モードから戻った獅子王さんに聞かれ、答える。


「ゲームセンターも初めてだよ。一人で遊びに行く勇気もないし。ゲームは家でしかやってないよ」

「そっか。では、これはハンデが必要かもしれんね。私はトップランカーにして、ここのクイーンオブプリンセスだからねっ」


 獅子王さんは虎雅こがさんや豹堂院ひょうどういんさんなどの友だちとよく遊びに来てそうだし、かなりの実力者と見て待ちがない。


 ゲームならリアルでもまだ恐れはない。

 挑戦者としてやる気が湧いてくるくらいだ。


 まあ、人の目も気になるし、これまたアウェーなので表には出せないけど。

 少しずつでも慣れていこう。


「一番勝負はマスターオブTAIKO。据え置きゲーではやったことある?」

「音ゲーは専門外かな。たまに据え置きゲーの中に出てくるミニゲームでやるくらい」


 存在自体は知っている。

 シンプルに太鼓を叩くゲームだけど、それだけに奥が深いのも知っている。


「じゃあ、軽くレクチャーするとバチで魂を込めて叩く。片面ドッ、両面ドンッ、ふちはカッ、ドヤガオ音符はバシッ、もにょん音符はガガガガッー、って感じで。

 最初は交互打ちじゃなくて、利き手中心で打っていくのがいいと思うけど。こればっかりは自分に合うやり方がいいかな」

「獅子王さんは? 交互打ち?」

「そだよー。私の腕前に惚れるんじゃねえぞ? 兎野軍曹?」


 獅子王さんが西部劇に出てくるガンマンよろしくバチをクルクルと回して見せる。


「最初は腕慣らしに練習も兼ねてEasyで、夏らしくサマフェス☆スターマインでいこっか」

「よろしくお願いします」


 お互いにバチを持ち、筐体のディスプレイに集中する。


 ゆったりとした始まりから小気味いいリズムが流れ始め、ディスプレイの譜面にデフォルメされた顔の音符アイコンが次々とやってくる。


 曲と太鼓の打ち鳴らす音だけが鳴っていく。 


 最初は言われたとおり利き手中心にやったけど、なんとなく勝手は分かった気がする。交互打ちに挑戦してみよう。あ、意外にいける。


 そう思っている間に曲が終わり、成績発表が表示される。


「ん? んんー? 同、点? 兎野君もノーミスのフルコンボ? まあ、兎野君もゲーマーだしね。Easyは楽勝すぎたかー。じゃあ、次はHardでサムライオブブシドーで。これはけっこー難しめだぞ」

「うん。よろしくお願いします」


 次の曲はテンポが早い曲調で、Hardとあってバチを動かす回数も一気に増えた。


 それでもどうにか食らいつく。

 初めてだけど、はまる人が多いのも分かる楽しさだ。


 成績発表が表示され、獅子王さんが食い入るようにディスプレイを見つめた。


「ん、んんっー? こ、これもノーミスだと? 兎野君、ほんとは既プレイじゃないの?」


 獅子王さんに疑いの眼差しを向けられてしまう。


「本当に初めてだよ? 夢中になった分、集中できたというか。画面に合わせて、タイミングよくバチを交互に打っていくって感じでやってみたんだけど」

「兎野軍曹! 君は今、全国1億人のマスターオブTAIKOプレイヤーを敵に回したぞ! それができないからみんな日々汗を流し、バチを握りしめて頑張ってるんだよー!」


 バチを握りしめ、熱く語りかけてくる姿に圧倒されてしまう。


「……確かに、そうかも。軽率な発言でした」

「私も言い過ぎちゃたね、ごめん。熱くなりすぎた。こっからはクールになるぜ。トップランカーにして、クイーンオブプリンセスの私が現実の厳しさを教えてあげよう。

 最後の一番勝負はアルティメッツ! 雷光一閃! これは曲のテンポが早く、唐突な変調もあり、かなりのゲキムズ仕様。これで兎野軍曹を地獄に叩き落としてやるぜ!」


 獅子王さん、クールになるどころからかなり熱くなって勝ちにきてる。

 でも、その方が俺もよりやる気になれるし、楽しくなってくる。


「いざっ、尋常に勝負」

「よろしくお願いします」


 獅子王さんが言うとおり、先ほどと全く別次元の世界だ。


 手を休める暇もほぼなく、怒濤の音符アイコンがなだれ込んでくる。必死に捌くので精一杯で、ところどころミスが出てしまう。


 それでもミスを引きずらないように切り替え、バチを振い、最後まで走りきった。


 せーせきはっぴょー、と気の抜けた明るい声で結果が開示される。


 1000000対999999。


 奇跡的とも言える一点差で俺の勝ちだった。


「ヒュッ――」


 獅子王さんが声なき声を漏らし、絶望していた。


「対ありでした……?」


 正直こういう時、なんて言えばいいのか知らないので、ネトゲでも使われる言葉を言ってみた。


 返事がない、ただの屍のようにディスプレイを見つめ続ける獅子王さん。


 ギギギッ……ギッ! っと音が聞こえてきそうな感じで首を回してこちらを向いた。


 怖い。


 その一言しか思い浮かばなかった。


 獅子王さんが引きつった笑いで、バチをそっと置いた。どうにかいつもの感じに戻ろうとして、戻り切れていない感じだ。


「ま。まままま、まあぁーあ? 一番勝負は兎野軍曹に譲ろう! おめでとう! さあ、二番勝負! 次はダンエヴォー!」


 獅子王さんが足早に移動し、別の場所に向かっていく。

 次のゲームもこれまた名前だけは知っている。


 マスターオブTAIKOと同じくジャンル、音ゲー……でいいんだろうか? 

 足下のパネルを踏んで踊るゲームなので、先ほどよりも体力も必要になる気がする。


「兎野君、これも初めてだよね? 経験者じゃないよね?」

「うん。そうだけど」


 なんだろう、マスターオブTAIKOの時と聞き方のニュアンスが違う。


「悪いねえ、兎野軍曹。ビギナーズラックもここまで。ここは待ったなしの一発勝負! 私の華麗なステップで魅了してあげよう――!」


 獅子王さんが俺を指さし、堂々の勝利宣言してきた。


「お手柔らかにお願いします」


 さすがにこれは一朝一夕では勝てない気がするけど、やれるだけやってみよう。


「曲は――全身全霊プリンセス!」


 明るいポップな曲に合わせ、お互いにビートを刻み、足を動かしボックスを踏み、リズムに乗って踊る。


 普段足を使ってゲームしないので、いつにも増して勝手が違う。

 ……それでも足を動かすのは得意だと思っていたけど、少し、重い気がする。ズレが生じてる。


 結果としてちょっとずつ差をつけられ、獅子王さんの勝利で終わる。


「シッ! やったやったー! 勝ったー! 一勝だー!」


 よほど嬉しかったのかその場でピョンピョンと跳ねて、勝利の舞まで披露する。


 額には汗が流れ、本気で遊んでいたのが分かる。

 負けてしまって悔しい気持ちはあるけど、清々しい気分だ。


「……む。兎野君、あまり悔しそうじゃないよね?」

「え? そんなことはないよ?」

「でもさー、今のもギリッギリのダンスだったし。初心者とは思えない動きだったし。やっぱり画面を見て、足を動かせばいいって感じた? 相手の必殺技見てからカウンター余裕でした的な?」

「まあ、そう感じなかった……わけじゃないど」

「へえー凄いじゃん。でも、悪く思わないでくれよ、兎野軍曹。君のデータは揃った。ごめんなさいの準備をするといい!」


 フッフッフッ、と不敵な笑い声を漏らす獅子王さんが最後の戦場に俺を案内する。


「ストライクフォートレス! VRシューティングゲーのエイム力は私の方が上のはず! 〈GoF〉じゃ遠距離火力職だし!」


 ゲームセンターは初めてだから仕方がないけど、だいたい獅子王さんに有利? なゲームばかり選ばれてる気がする。


 まあ、ホームが有利なのは当然だ。アウェーの洗礼を受けよう。


 だけど、シューティングゲームなら家の据え置きゲーでも、〈GoF〉でも経験している。


 ゴーグルをかけ、ガンコトローラーを握る。


「さあ、アディオスの時間だぜ、兎野軍曹! 私の銃口にキスをしなっ!」


 俺と撃ち合うわけではないけど、いかに相手より先に要塞内の敵兵を撃ち抜き、生き残るかのVRゲームだ。


〈GoF〉と違って視界だけのVRなので、身体を動かして弾丸を避け、ターゲットに向けてトリガーを引く。


「あっ、兎野君ずるい! 今の私が狙ってたんだけど!? それもだし! ちょっ!? 一瞬で三体撃破!? 未来視かよー!? こっちのコントローラー壊れてるんじゃないの!? チートだ、チートだ! 運営仕事しろー!」


 だんだん〈GoF〉のノリになる獅子王さんにペースを乱されそうになり、手元がブレそうになる。


 それでも獅子王さんより早くターゲットを撃ち続け、圧倒的大差というか1ポイントも与えずに勝利した。


「ヒュッ――」


 あれだけ熱く盛り上がっていた獅子王さんが、ガンコトローラーを抱えたまま真っ白になって燃え尽きてしまった。


「……兎野君、ちょっとこっち見て」


 それでもどうにか立ち上がり、震える右手を俺の目の前で掲げ、一瞬だけ後ろに隠していた左手が見えた。


「今の左手、指が何本立ってたか分かる?」

「2本?」

「形は?」

「狐のあれ? コンって感じの」

「おー……正解。兎野君、動体視力とか反射神経とかアルティメッツクラス?」

「どうだろ? まあ、集中すればわりと見える方だなとは思ってたけど。日常生活じゃ役だったことはないし、こんな感じでゲームくらいだよ」


 あ。忘れてたけど、地獄の遊戯参番勝負は俺の勝ちでいいのかな?

 フッフッフッと獅子王さんがまた不気味な笑みを浮かべる。


「兎野軍曹、隙を見せたな。君のデータは今ここに完璧に揃った」


 それは典型的な負けフラグじゃ?

 だけど、黙って続きを聞こう。こういうノリもやっぱり必要なのだ。


「だまして悪いが、参番勝負で終わるとも決着がつくとも私は言っていない! エクストラステージ解禁! これに勝ったら3億点!」


 獅子王さんが今時バラエティ番組でもしない理不尽なルールを宣言した。


 やけくそ気味に選ばれた決戦のフィールドは、のどかな音が鳴るUFOキャッチャーだった。

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