第25話 女王猫様の絶対王政

「そう。まずは動物。猫。ニャンコ。ニャーから慣らしていくわけ。兎野君の家ってペット飼ってる?」

「うちは飼ってないよ」

「そっか。うちは猫が三匹だね。一番手のかかるのはデス美だけど」


 小型掃除機モードで猫を載せて「お掃除ですわぁぁぁー」と言っているデス美さんを想像してしまった。


「覚悟はいいかね、兎野伍長。いざっ」


 またしても獅子王さんが素早く入店してしまい、後を追う。


 内装も外観と同じくファンシー空間で、猫たちが自由気ままにくつろいでいる。

 お客さんもほんわかした人が多く、場違い感があって完全なアウェーだ。


「いらっしゃい、あらレオナちゃん。相変わらずメインクーンみたいに可愛いわねえ」

「どもどもーミケさん。今日は友達もいるんでよろでーす」


 ミケさんと呼ばれたエプロン姿の女性が出迎え、俺の方を見た。


「そうなのねーあら男の子? 男の子の友達と来るのは初めてねえ」

「ど、どうも」


 頬に手を当てて首をかしげられてしまう。

 フレッシュミートファームでは注文だけだったのでまだどうにかなった。


 武琉姫璃威ヴァルキリー以外で伊達メガネ装備、髪を切っての状態で話すのは初めてで緊張する。


「ターキッシュ・アンゴラ味がある子ねえ」

「えっと? そう、なんですか?」


 アンゴラと聞いて猫の種類っぽいと思ったけど合ってるのかな。


「ミケさんすぐ人を猫の種類に見立てるんだよ。つーか、ターキッシュ・アンゴラって猫もいるんだねー初耳。おっ、かわよー」


 獅子王さんがさっそくスマホで調べてた。


「つい癖でね。ごめんなさいね。レオナちゃん、いつものいる?」

「いりますいります。どうもー」


 獅子王さんが猫の餌らしき細長いパッケージを貰った。


「二人とも猫ちゃんと一緒にのんびりしていってねえ」


 ミケさんが仕事に戻り、改めて店内を見回す。

 猫カフェも初体験。勝手が一切分からない。


 獅子王さんにレクチャーしてもらわないと……って、獅子王さんがおもむろにソファーに?


 さらに足を組み、明るい雰囲気が消え、冷徹なそれに変わる。

 って、他のお客さんとたわむれていない猫たちが、獅子王さんの足下に集まってる?


Couchéクゥニャー(伏せ)」


 獅子王さんが猫の鳴き真似をした瞬間、全員跪いた!?

 他のお客さんと遊んでいた猫たちまで獅子王さんの方を向いて、頭を垂れている。


 俺だけじゃなく他のお客さんもその異様さに驚いているくらいだ。


「ほんとレオナちゃんは女王猫ねえ」


 しかし、ミケさんを初めとした店員さんは慣れっこなのか、微笑んで一切動じていない。

 猫ってこんな風に群れで行動するんだっけ?


 ライオンとかはそうか。けど、あれも雄ライオンがリーダーだった気が。

 それにここの猫たちはみんな種類が違うように見えるし。


 これがフランス外人部隊ならぬ、フランス外猫部隊?


 さっきまでのほんわかファンシー空間が、殺伐とした感じに……!

 獅子王さんが先ほどの猫の餌のパッケージを破った。


Viensヴィニャーオ(来い)」


 猫たちが一糸乱れぬ動きで一列に整列し、一匹ずつその寵愛に預かるのを待ち望んでいる……というか俺の言葉使いまで変になってない?


 いや、ラブコメから急にスプラッタも辞さない血みどろバトルマンガに方針転換したくらいの衝撃展開だったから、気が動転していたのかも。


「はあーかわよー」


 しかし、猫に餌をあげ始めた瞬間、いつもの獅子王さんに戻ってくれた。

 安心して気が抜けつつ声をかける。


「獅子王さん、今のは?」

「今の? アニメの冷血女王の絶対王政アブソリュートルールって主人公キャラの王天覇氷月おてんばひつきちゃんの真似したらなんとなくできちゃってさー。それから猫ちゃんずにやってって言われてる気がして、挨拶的にやってる感じ。ちなみに氷月ちゃんは意外にぽんこつ」


 真似して実現できてしまう獅子王さんも凄いけど、猫たちにも女王様に支配されたい的気質があるんだろうか。


「ま、お遊びだから変に気にしないでいーよ。さあ、兎野伍長もやってみたまえ」


 獅子王さんが太ももに乗せた猫を撫でながら、もう片方の手で先ほどの猫の餌を渡してきた。


「やってみるよ」


 腰を下ろして、猫の目線に合わせる。

 パッケージを破り、獅子王さんの近くにいた猫たちに……あれ? なんか獲物を見るような目つきになってない?


 獅子王さんに服従し、平伏していた猫たちとは思えない殺気がある。

 そう感じ取った瞬間、猫たちが俺に向かって飛びかかってきた!?


 避ける――必要は別にないのでは? とか悩んでいる間に猫たちに襲われ、尻餅をついて仰向けに倒れ込んでしまう。


 目の前が毛に覆われ、なんか全身のいたるところでザラザラした舌の感触がし、ペチペチと尻尾で叩かれ、肉球にフミフミされフルボッコ状態だ。


 思いっ切り噛まれたり、爪を立てられないだけマシなのかな。

 完全に獲物だと思われて遊ばれている感じだ。


 猫と接することがなかったから、こういう時無理に引き剥がしていいのかさえ分からない。


「猫ちゃんも相手の内面を読み取り、力量を嗅ぎ分けるからね。兎野伍長よ、貴様――舐めに舐められているな? 二つの意味で」


 獅子王さんの言葉に訂正する箇所はなかった。


「ってわけで、今回はレオナTVより動画でお送りしたいと思いまーす。これは取れ高ありますねえ」


 どうやら俺が猫に襲われる様をスマホで撮影し始めたみたいだ。


「でも、ちょっと意外だな。兎野君って雨の日に子犬を拾う的な姿があいそうだし。動物に好かれやすいと思ったけど、舐められるのはちょっと違うよねー。あ、やば。お腹痛くなってきたかも……! 兎野君ってなにかに絡まれると絵になる才能あるかも……!」


 獅子王さんが必死に笑いを堪えてるというか、もう笑っている。

 客観的に見れば面白い絵面になってるのもとても分かる。分かるのだけど。


「獅子王さん? そろそろ助けてくれると嬉しいな、と思ったり」

「えー? しょうがないなー今回だけ特別だぞ、兎野伍長よ。Lâchesラニャーニャオ(離せ)」


 獅子王さんが命令した途端、猫たちがあっという間に俺から離れていった。

 これはもう一種の特殊能力なのでは?


「ありがとう。助かったよ」

「礼を言っている暇はないぞ。さあ、次のミッションだ」


 渡されたのはみんなご存じ今も昔も変わらない猫ちゃん大好き猫じゃらしだった。


「一匹猫ちゃんを手懐けてみたまえ」


 獅子王さんは簡単に言ったけど、俺にとってみれば難題すぎる。

 本当に舐められているらしく、猫じゃらしを振っても一匹も反応を示してくれない。


 猫にそっぽを向かれると、ここまで涙が出そうになるとは思いもしなかった。

 確かに俺にとってはいい訓練だ。


「苦戦しいてるな、兎野伍長。だが、諦めるのはまだ早いぞ」


 獅子王さんは両手に持った猫じゃらしで猫たちを弄び、レベルの差を見せつけてくる。

 心が折れそうになり、つい上を見る。


 キャットタワーの最上階にいる猫と目が合う。鋭い目に毛色もオレンジ気味で、猫よりライオン味がある風貌というか。


 お互いに目をそらさずじっと見つめ……というより睨み合う。


「お? なんかゴゴゴゴゴゴゴッ、って効果音入れた方がいい感じ?」


 獅子王さんが自分の顔の前に猫を抱き上げながら聞いてきた。


「それは、大丈夫かな?」


 ゴゴゴゴゴゴッの示す効果音のとおり友好的な感じはない。先に目をそらした方が負け的なやつだ。


 と、猫がするするとキャットタワーを下りて、俺に近づいてきてくれる。

 これは猫の根負けで、俺の勝ちなのかな?


 いや、勝負してたわけじゃないか。

 理由はともかくやって来てくれたのは間違いない。


 猫じゃらしを伸ばしてみるも――ガン無視されてしまった。

 俺にそっぽを向き、ぽんと尻尾だけ乗せてうずくまってしまう。


「おおぉーボス猫らおう様を手懐けるとは中々にやりおる。私でさえ攻略に苦労したからねえ」

「らおうって名前なんだ。これで懐かれてるの?」

「うんうん。初めてにしてはよくやったぞ、兎野伍長。軍曹に昇格だ」


 あっさり昇格が決まった。


「ほら、兎野君。撫でてみなよー。大丈夫だから」


 恐る恐るらおうさんの背に触れる。

 長い毛に手が埋もれ、じんわりとした暖かさが伝わってくる。


 相変わらずそっぽ向いて、あくびをするくらい興味がない感じだけど、なんだかほっこりする。


「ね? 癒やされるにゃー?」


 獅子王さんが猫を顔に乗せてグテーっとし、完全にリラックスモードに入ってしまわれた。


「そうだね。癒やされる」


 その気持ちは凄く分かった。

 今日の疲れが一気に癒やされていく。


 ……あれ? 地獄のコミュ力アップブートキャンプじゃなかったっけ?


 いやまあ、とりあえず一休み……ひとやすみ……、と思えるくらいの魔力が猫カフェにあるみたいだ。


 次なる第二関門に備えよう。

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