第24話 地獄のコミュ力アップブートキャンプ前の腹ごしらえ

「今日は兎野君の断髪式記念日ってわけで、ここはやっぱりお肉ケーキでしょ!」

「……ハンバーグはケーキかな?」


 鉄板の上でジュージューとハンバーグが焼けている。

 昼食に寄ったのはハンバーグチェーン店のフレッシュミートファーム。


「えー? お肉もケーキの生地も練るし、その後固めて焼くじゃん? で、ナイフで切って、フォークで刺して食べるじゃん? しかも、こうやってデコるじゃん? だいたい一緒じゃね? うーん、香ばしいー」


 二つに割られたハンバーグに特製デミグラスソースがかけられ、より激しく湯気と香りが立ち上っていく。


 獅子王さんの料理が苦手……かもしれない理由がちょっと分かった気がする。


「でも、本当にハンバーグでよかったの? 今日は俺に付き合ってくれたし、獅子王さんが食べたいところでよかったんだけど」

「いーの、いーの。私たち高校生はちょっと背伸びしてハンバーグで十分なんだよ。ステーキなんてお偉いお医者さんが悪巧みする時に食べるくらいでちょうどいいのですよ」


 俺が意図したことと少し違う答えが返ってきた。


 Edenやその前に寄ったカフェみたいなオシャレな雰囲気の方がいいのかなと思ったんだけど。


 でも、獅子王さんはお腹いっぱい食べられるお店の方が好みなのかもしれない。


「それにこの後は地獄のコミュ力アップブートキャンプが待ってるからね。エネルギーをたくさん貯めておかないと。ここならライスもあっていい感じでしょ」


 フッフッフッー、と不穏な笑い声でハンバーグを何度も冷まして頬張る獅子王さん。


 もしかして猫舌?

 獅子王さんの様子も気になるけど。


「地獄……のコミュ力アップブートキャンプ?」


 また不穏な作戦名が。


「その通り。さすがにいきなりぶっつけ本番で学園勝負は怖いし。慣らしておかないとね。覚悟しておきたまえよ、兎野伍長」

「少尉から一気に格下げ」


 今朝のIWSNイワシンの時のやり取りを思い出した。


 まあ、伍長でもまだましな階級だ。今の俺は新兵と言っていい。

 そういう意味ならしっかりとご飯を食べておく必要がある。


 俺もハンバーグを頬張り、うまい。

 ライスを食べ、うまい。

 肉汁たっぷりに特製デミグラスソースの相乗効果で、どんどん食べ進められてしまう。


 数年ぶりに思いっきり髪を切ったのが、自分で思っているよりもかなり負担になっていたみたいだ。肉体的にも精神的にも。


 視線を感じて前を向く、獅子王さんと目が合った。


「ごめん、どうかした? 食べるのに夢中になりすぎだった?」

「んー? 全然いーよ。ご飯なんだから食べるのが一番だし。こうやって兎野君の食べる顔をちゃんと見るのは初めてだなーって、思って見てただけ」


 獅子王さんはハンバーグを頬張り、飲み込む。


「でも、兎野君。髪を切ったわりに、緊張感とか全然してなさそーだし。もしかして地獄のコミュ力アップブートキャンプいらん感じ?」

「そんなことはないよ。お手柔らかにお願いしたくはあるけど。ただ家では髪をあげて普通にご飯を食べてたし、伊達メガネ装備ってのもあるだろうし。でも、一番は」


 注文をする時は緊張もあったけど、今はそんなことはない。


「獅子王さんとは〈GoF〉でも一緒だったからかな? やっぱり慣れてるんだと思う」

「つまり、私ではトレーニング相手にならないと。それはそれでー問題なのでは? 素直に喜んでいいのか複雑」

「けど、屋上で身バレする前なら凄い緊張してたと思うよ」

「なる。そう言われると私も以前の兎野君とこーして話て、一緒にランチとか想像もつかなかったし」


 会話の合間に、お互いにライスを食べる。


「ネトゲ友達っていう中の人交流スタートだから、常識に囚われちゃいかんのかもしれないね」


 猪原いはらさんから鷹城たかじょうさんとの関係を聞いた時に思ったことを口にする。


「他人から見たら不思議な関係なのかもね」

「なのかねー。でも、もうリアルでも友達だし? 不思議でもなくない?」

「うん。もう普通でいいのかもね」

「いやあ、でもねえ。待ちたまえよ、兎野君。それだと特別感がなくてつまらないし。ここはやっぱり普通で不思議な関係にしておこう」


 たとえどんな関係でも友達というのは確かなものになっている。

 だからこうして普通にご飯を食べて、ちょっとおふざけ気味に話もできる。


「そうだね。それが俺たちっぽいのかも」

「でしょー? それはそうとハンバーグうまー」

「本当にね。ライス、おかわりしようかな」


 それはそれとして、まだまだ育ち盛りの高校生の俺たちは、うまいハンバーグセットを綺麗に平らげる。


「お待たせしました。グランドメロンパフェです」

「おおぉぉー、グランドメロンパフェエー。待ってましたー」


 そして食後に獅子王さんの顔ほどある大きなメロンパフェが運ばれてきた。

 高校生の俺にはこれくらいの感謝の印が精一杯だ。


 ただカロリーとか色々心配ではあるのだけど。


「むむっ。視線が。兎野君もちょっと食べる?」

「えっと……大丈夫だよ。その、食べ過ぎに気をつけて、お腹、壊さないようにね」

「分かってるってー。私、胃腸は頑丈だしっ」


 獅子王さんは力強く親指を立て、とても美味しそうにグランドメロパフェもあっという間に平らげてしまった。


 ◆


「さあ、兎野伍長。ここが地獄のコミュ力アップブートキャンプファーストプログラムです」

「Cat Tales。猫カフェ?」


 獅子王さんに連れてこられたのは、猫の顔が描かれたファンシーな外観のお店だった。

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