第27話 ……効果音おかしくね?

「ルールは簡単。交互に操作し、どちらが景品をゲットできるか。相手の戦術を読み、いかに誘導し、自分のターンに勝利できるか。そして、バイト代とおこづかいを浪費していくプレッシャーに打ち勝つか。

 名付けてブラックホールUFOキャッチャー……正に総合力が試される究極の勝負。たまんねえぜ……この肌がひりつく感じ」


 心なしか獅子王さんの顔つきが鋭角的なように錯覚してしまった。


「さすがにこれは反射神経も動体視力も関係ないし! 完全なる鍛錬と運だけ! これなら勝てる!」


 もうあからさまに勝ちにきていた。

 こういうギャンブル要素があるゲームが好きそうだし、口ぶりからしてやり込んでそうだ。


「もちろん兎野君は未経験者だよね? ねっ?」


 笑顔なのに笑ってない。

 今までで一番圧のある確認の仕方だった。


「はい、そうです」


 曇りなき眼で嘘偽りなく、素直に答えるしかない。


 というかこれもまた地獄のコミュ力アップブートキャンプが霧散してしまっている気が。

 いやでも、いつの間にか人の目が気にならなくなったのも確かだ。


「よしっ。どれにしよっかなー……おっ! ママまんじガオ美ファイナルアルティメットフルデコプリンセスフォームじゃん! イケイケでかわよー」


 獅子王さんが食いついたのは小さな子供くらいの大きさがあるライオンのぬいぐるみだ。


 爪にもデコネイルが装備され、いつもの魔女帽子ではなくデコティアラに、デコドレス。とにかくめっちゃデコられてるママ卍ガオ美さんが、堂々と鎮座していらっしゃられる。


「兎野軍曹。勝負のフィールドはこれで問題ないな?」


 キラキラとした子供のような眼差しから一転して、もの凄い真面目な顔で聞かれてしまった。


「はい。問題ありません」


 それ以外の正しい答え方を俺は知らない。


「そっかそっかー。でも、初心者には難易度高すぎだよね。ハンデと操作法を勉強するって意味で、ある程度取りやすい位置まで動かしてあげよう」


 獅子王さんはそう言ってお金を投入し、ゲームを始めようとする。

 なにげなく見ててスルーしてまいそうになったけど。


「……ウォーミングアップも兼ねてないよね?」


 獅子王さんが手を止めて振り向いた。


「んーん? カネテナイヨ?」


 図星だったらしい。


「ま、まあ、見ててよ、兎野君。私が場をコントロールしてアゲにアゲて爆アゲにしてあげるから。兎野君には先攻5回連続で、さらにいつでも2回連続でできるチャレンジ制度も導入してあげるからさ」

「なるほど。それなら……いいかな。俺も練習したいし」


 正直、さきほどの身体を使うゲームと比べたら自信はない。


 ブラックホールに飲み込まれるのも怖いし、運がよければくらいの考えでいった方がいいと思う。


「決まりだね。まずは私のアーム捌きを見て覚えたまえ。そして、誰が勝利を掴むに相応しいか知るといい」


 獅子王さんがゲームを開始する。


「……あれ?」


 ふくよかボディが完全に持ち上がり、動き始めた瞬間、すぐにアームからずどんと落ちてしまった。


 ……え? ずどん?


 思っているよりも重量級でいらっしゃられるのですか、ママ卍ガオ美ファイナルアルティメットフルデコプリンセスフォームさん。デコの分だけ増量中?


「ま、まあ? 最初は掴みやすい部分を見やすくしたり、押し込みやすくするためのポジチェンが重要なんだよ。一発で取れるなんて奇跡はそうそう起きないからね」

「テレビでたまに見た時はだいたいアームの爪を首や足や腕、タグに引っかけるとか。あえて落として反動で転がしたりもして、徐々に穴に近づけていく感じだったよね?」

「おー分かってるじゃないか、兎野軍曹。今のは決して私のミスじゃない、あえての戦術――」


 ずどん、とまたアームからママ卍ガオ美さんが落下した。


 やっぱりずどんって効果音おかしくね? って獅子王さんも多分思ってる。

 だって獅子王さんの顔にはもう余裕がなく、真剣だから。


「……ふぅー今回のところはこれくらいで勘弁してやろう。さあ、兎野軍曹の番だ」


 しばらく獅子王さんが操作し、一仕事終えたように言った。


「アームの設定弱くね?」


 入れ替わる瞬間、ボソッと不穏な言葉が聞こえてしまった。

 それでも穴との距離は少し近づき、引っかけやすい部分を見えるようにしてくれた。


 最初の5回は捨て覚悟で感覚を掴むくらいでいいのかもしれない。


 1回、2回……5回まで色んな部分でどうやって引っかかるか見つつ、試行錯誤する。


 結局、俺もちょっとずつしか動かせなかったけど、やり方は理解してきた。


「さて、ここからが本番だ。私の真の力を見せてあげよう」

「お、おぉー……」


 獅子王さんはアームの爪でママ卍ガオ美さんの首根っこをガッチリ掴んで運び、確実に穴へと近づけていき……ずどん。


「フッフッフッ。どうかな、兎野軍曹。これが私の真の力なのだよ。君が慣れきる前にフィニッシュしてしまうな」


 獅子王さんは腰に手を当てドヤ顔だ。


「さすがです、獅子王教官」


 拍手し、感心してしまったけど、このままだと本当に獅子王さんの勝ちになりそうだ。


 ここはワンチャンスにかけて勝負するくらいがちょうどいいかな。

 入念にママ卍ガオ美さんを観察する。


 もう少し動いてくれると、背中についたタグがいい感じに引っかけられそう。

 1回を欲張らず謙虚な気持ちで動き……態勢を変えてタグの面を上向きにする。


「あ」


 獅子王さんが口を手で隠し、そっぽを向いた。


「2回連続チャレンジで」

「え? そう? まだ早いんじゃないかな? 私でさえまだあと二手、いや三手はかかると思うけどな? まだまだ勝利の福音はならないと思うよ? 冷静になった方がいいと私は強く進言するよ? 後悔しても遅いよ?」

「2回連続チャレンジで」


 真顔で早口に喋る獅子王さんに対して、2回進言した。


「くっ、仕方がない。分かったよ。お手並み拝見といこうじゃないか」


 許可を得て、今一度ママ卍ガオ美さんと対峙する。

 背後には腕組みし、無言のプレッシャーをかけてくる獅子王さん。


 深呼吸、イメージはできてる。

 後はそれに従って動かすだけ。

 アームを所定の位置に動かして降ろし、爪がタグの穴に入り込み、持ち上がる。


「ダメダメ! 落ちるなら今落ちろー! ママ卍ガオ美ファイナルアルティメットフルデコプリンセスフォームー! お前のデコ人生の終わりはここじゃなーい!」


 瞬間、獅子王さんが必死に念を送り始めるが、受け取り口にずどんと効果音がなった。


「確かにずどんって感じだ」


 妹の白雪を抱っこした時の感覚に似ているというか。


「あれれー? おかしいなー? ほんとは私がドヤ顔でママ卍ガオ美ファイナルアルティメットフルデコプリンセスフォームを抱えてるはずなんだけどなー?」


 獅子王さんがママ卍ガオ美さんがいなくなった筐体の透明な壁を撫でている。

 そういえば取ったはいいけど、どうするか決めてなかった。


「獅子王さん、いる?」

「え? でも取ったのは兎野君だし、妹の白雪ちゃんにプレゼントしてあげたら?」


 我に返るも覇気がない答えだ。


「それも考えたけど。お金は二人で出したし、二人で取ったも当然だし。どっちかが持ってるのがいいかなって。俺より獅子王さんの方が好きなキャラだし。そもそも俺の部屋だとこの大きさのママ卍ガオ美さんを置くスペースがなくて」

「んー、そっかあ……」


 獅子王さんはまだ納得していないらしく、返事を濁している。


「さっきも言ったけど、今日は俺に付き合ってくれたし、感謝の印として受け取ってくれると嬉しいなって」


 そっか、とさっきとは違う声音が聞こえた。


「そんな風に言われたら、受け取らないわけにいかないよね。ありがとっ、兎野君」

「うん。どうぞ。ずどんって感じだから」 

「おぉーほんとだ。ずどんって感じだ。よく取れたねーってか、お店もよく置いたわーって感じ」


 獅子王さんはママ卍ガオ美さんを抱きしめ、おかしそうに笑う。


「ってわけで、私の完敗だ! 兎野軍曹に3億ポインツッ! 地獄の遊戯参番勝負は兎野軍曹の勝利! 二階級特進で少尉に復帰だ!」

「俺、戦死してない?」

「大丈夫、大丈夫。包帯ぐるぐるマミーさんなだけで死んでないからー。セカンドプログラムを耐え抜いた名誉の負傷で入院してるだけだからー」

「それならいい、のかな? あ。渡しておいてあれだけど、帰るまで持ってようか?」


 ずどんって感じなので大変そうだし。


「うーん……そうだね。じゃあ、お願いしよっかな」


 俺の手にママ卍ガオ美さんが帰還する。

 やはり、ずどんだ。素材なに使ってるんだろ? まさかのレアメタル?


「ふぅー、それはそれとして白熱した戦いだった! いい汗かいたし、いい運動になったし! ってわけで、おやつターイム!」


 スマホで検索を開始した獅子王さんに話しかける。


「獅子王さんって食べるの好きだよね?」

「よく言われるねー。でも、誰かと一緒に食べるのって楽しいじゃん? だから、余計お腹が空くっていうかー」


 学園ではずっと一人で昼ご飯を食べいてた俺でも、その気持ちはずっと昔から知っている。


 家族のみんなと食べるご飯は楽しいものだったから。

 ただ家族以外で経験したことは記憶から消えかけていた。


「……そうだね。お腹は空くね」


 それでもまだ共感はできる。

 こうして話すし、動くし、知らない間にエネルギーを使っているんだろう。


「で、やっぱり夏と言ったらかき氷でしょ! ここの中にいいお店があるんだよー」


 スマホの画像にはビッグでふわふわなかき氷が表示されていた。


「とりま、氷がなくなる前に早く行こーぜ、兎野君っ」

「うん、行こうか」


 獅子王さんに急かされ、かき氷家さんに向かう。


 俺は王道の練乳イチゴかき氷、獅子王さんは特別限定フルーツパーリィデコ盛りかき氷とやらを食べ、エネルギーを再充填した。


 ◆


「さあ、本日のファイナルプログラム会場にようこそー! よくぞここまで必死に耐え抜き、生き延びた! 褒めてつかわすぞー! 兎野少尉ー!」


 獅子王さんがマイクに向かって叫んだ。

 俺が連れてこられたのはカラオケ店。


「兎野君ー! カラオケは初めてですかー!?」

「初めてです」


 そして俺もマイクを持たされ、聞き慣れない俺の声が部屋に響いた。


「そっかそっかー! ここは二人っきりだし、明日に備えてリラックスしてどーぞ! 好きに歌って騒いでオッケー! それだけっ!」


 獅子王さんがすぐさまタッチパネルで曲を選び、音楽が流れ始める。


「そういうことなので不肖、獅子王レオナ歌います! みかんブリ大海峡夏景色!」


 まさかの演歌だった。

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