第21話 俺の覚悟はマイクロレベル

「なぜ我ら乙女はクリームとかチョコチップとかハニーとかスフレとかパンケーキとかふわふわなどの言葉に弱いのか。

 その真相を知るべく我々はハニー&チョコチップクリーム添えふわふわスフレパンケーキの深淵にナイフを入れるのであった。お、おおー……ふわトロじゃあー……」


 謎のナレーションをする獅子王さんが、そのスフレパンケーキと対峙していた。


 穴場らしいカフェで一息つき、注文はどうにかできた。

 サングラスしたままだったので、店員さんをちょっと驚かせてしまったけど。


 ボリューム自体は武琉姫璃威ヴァルキリーよりも少ないので、これくらいなら余裕で食べられる。

 髪を切る前にはちょうどいい腹ごしらえだ。


「美味しいね」

「ここのお店は当たりだねー。美味ーうまー幸せー」


 獅子王さんは頬に手を当てて本当に幸せそうだ。


「兎野君のクアトロベリーベリーソースもおいしそー」


 そして今度は俺のスフレパンケーキに興味津々だった。


「ちょっと食べてみる?」


 今日は可能な限り獅子王さんの要望を叶えてあげたいし。自分の分をあげるくらいどうってことはない。


「マ!?」


 獅子王さんが一瞬で食いついき、目を輝かせてくれた。


「もちろんいいよ。どうぞ」

「サーンキュ。マジ神。じゃ、私のもどーぞ。シェアしよっ」


 獅子王さんが自分の食べかけのスフレパンケーキを寄せてくれて……ん? あれ? 食べ、かけ?


 獅子王さんはガッツリスフレパンケーキを切っているし、クリームもしっかりつけてあるし。


 いや、今時間接……みたいな変な考えをする方がおかしいのかもしれない。でも、母さんのマンガとかでも普通にあったな。


「どしたの? もしかして甘過ぎなの苦手系?」

「そういうわけじゃなくて。それじゃあ、ちょっとだけもらうね」


 獅子王さんが一切気にしてないのに、俺が気にして変な空気にするのもよくない。ここは男らしく勢いでいくしかない……!


「お、おおぉー……おぉお? いや、兎野君。ちょっとどころかチビッとすぎない? マイクロレベルだし」


 スフレパンケーキの外周をわずかにだけ切り取るくらいの覚悟しか俺にはなかった。


「髪切る前だし、あまりお腹を膨らませるのもどうかなって。後でお昼も食べるよね?」

「その予定だけどさ。兎野君の髪質って食べた量で変質するとか面白ギミック搭載してる男子?」

「……そんな男子です」


 ここはどんな手を使ってでも乗り切らなければならない。


「マジか。それは気づかなかったー。ごめんねー……ってなるかーい! 遠慮しなくていいのに。はい、どーぞ」


 獅子王さんが強引に切り分けられた物をのせられてしまった。

 ピンチを乗り切ったつもりが、またピンチだ。


「んー! 兎野君のも甘酸っぱくておいしいー!」


 獅子王さんは俺と違って気にもせずに楽しく食べている。


 この空気を壊すわけにはいかない。

 余計なことを考えずに一口で食べきる!


「おっ。いくねー男の子。どう? おいしい?」

「甘いです」


 甘いという情報以外受け付けないようにしないと。


「そりゃそーだし! 兎野君、今日は身も心もシンプルデーか! 無我の境地習得中?」

「習得中です」

「なら、仕方なし。励むしかあるまいてー」


 獅子王さんは笑ってまたスフレパンケーキを食べ進める。


 変に勘ぐられることもなく、どうにか乗り切れた。いや、色々と各所にダメージは受けてしまったけど。


 俺もスフレパンケーキを食べてライフを回復しよう……変わらずに甘酸っぱい味がした。


 ◆


 二人してスフレパンケーキを堪能し、食後のドリンクで一息つく。

 どうにか俺のライフも回復しつつある。


「兎野君さ。大丈夫? 緊張とか不安はない? 何か気になることがあったら今のうちに聞くよ?」

「大丈夫だよ。もちろん緊張とか不安はあるけど、無理してるわけじゃないよ。獅子王さんに背中を押されなかったら、リアルはまだ足踏みしていたと思うし」


 高校に進学して、今度こそ自分を変えようと思ってから夏休みも過ぎてしまった。

 最初の自己紹介の失敗を引きずって、いつかの先延ばしを続けてきてしまったし。


「そっか。なら、私もこれ以上は確認しません! でも、マジで安心していーよ。私も桜もシズぽよも通ってるちょーいいサロンだし。店長も店員さんもみんないい人だし。

 あ、いや、待てよ? 店長はクセ強だな、うん。クセ強だけど、聖人だし。とりま、安心していいよ。マジで」

「うん。ところでサロンってどんな名前?」

「あ、ごめん。言ってなかったっけ。Edenってサロンだよ。武琉姫璃威にも負けず劣らずのイケイケな名前でしょー?」


 ◆


 なぜ俺みたいな日陰を好む者にとって、英語名のお店というだけで敷居が高くなってしまうのか。


 Edenという名前に相応しいオシャレな見た目ってのもあるけど。


 俺が普段通ってる理髪店牧村は父さんと一緒のところだ。オシャレよりも穏やかな雰囲気で、こう牧歌的で落ち着いて、心が安らぐ故郷みたいなお店というか。


「こんにちはー予約してた獅子王でーす」


 獅子王さんはためらいなくEdenに入ってしまわれたので、急いで後を追う。


 店内も置かれている器具こそ同じはずなのに、インテリアが違うだけで別世界みたいだ。


「いらっしゃい。待ってたわよー、レオナちゃん。じゃあ、そっちの子が……」


 出迎えてくれた人は俺よりも背の高い男の人。女装とかはしていないけど、メイクもしっかりして綺麗な人だ。


 そしてその人が俺のことをじっと見つめてきた。年上だし、サングラス装備なのでまだ目をそらさずに耐えられる。


「BGの人じゃないわよね?」

「やっぱりキンちゃんもそう思います? 私も最初BGかよーって思ったし」

「でしょー! レオナちゃんならBGの一人や二人連れていてもおかしくないしー!」


 話すとフレンドリーな感じで、獅子王さんと波長があっている。

 というか、俺ってそんなにボディガード風だったの?


「やだ、ごめんなさい。初めての人に失礼な態度を取っちゃって。私がEdenの店長の猪原金治いはらきんじよ。キンちゃんって気軽に呼んでいいわよ?」

「よ、よろしくお願いします。……猪原さん」


 初対面で、しかも年上相手に気軽に呼べるわけがなかった。


「ふふっ。硬派も嫌いじゃないわよ? 猪原でオッケーよ」


 猪原さんはウィンクして聞き入れてくれた。

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