第20話 ギャルお嬢様が四脚ビークルでやってきた

 運命の日曜日。

 天気は晴れ、雲はそこそこ、残暑はゆるやか。


 ……不安だったので、約束の12時よりも30分早く来てしまった。


 獅子王さんの姿はまだない。

 IWSNイワシンのID交換をして以来、スマホでの主なやりとりはロジックコードからIWSNになった。


 中間考査テストも近づき、〈GoF〉をお休みになったことも関係していると思う。


 よくスタンプだけ送られてくることがあるけど、それ自体に意味はないことにようやく気がついた。挨拶みたいなものだ。


 今回もサケをジャイアントスイングしているヒグマのスタンプから始まってるし。


『兎野少尉。約束どおり今日だからねー。遅刻厳禁だぞー』

『指定された品は忘れずに持参するべし』

『あ、ナンパには気をつけるよーに。お姉さんとの約束だぞ☆』


 ナンパには気をつけるのはどう考えたって獅子王さんの方だ。

 ゲコ丸前は待ち合わせをしている人などでごちゃっとしている。


 でも、もしこの場に獅子王さんがいれば一瞬で分かるし、一番に注目を浴びているはずだ。今時ナンパなんてあるのかは知らないけど、可能性はゼロじゃないだろう。


 ……現状、学園の教室ではまだ獅子王さんと挨拶しかしていない。


 話す時は人目がない場所で。

 これは二人で決めたことだ。


 まずは獅子王さんのイメチェン夏休み明けデビュー計画を実行してから、本格始動ということになっている。


 他に進展があったとすれば虎雅こがさんが素っ気ないけど挨拶してくれるようになり、豹堂院ひょうどういんさんもなぜか毎回国際色豊かな挨拶で驚くけどしてくれる。


 他のクラスメイトのみんなは、まだまだ経過観察中。俺の動向を恐る恐る見ている感じだ。


 しかし改めて見ても人が多いや。さすが日曜日のお昼時。

 獅子王さんみたいな綺麗な人が一人で来たら、本当にナンパされるんじゃ?


 そもそもどんな交通手段で来るか知らない。


 やっぱり電車じゃなくて、送迎車なんだろうか。それもボディーガード百人態勢とか? 実は既にここにいる人たち全員私服のボディガードだったり? ちょくちょくこちらを観察する視線を感じるような……いや、考えすぎだよね。


 もし本当にナンパされるような状況になったら、俺の見た目だけでも十分対応は可能なはず。


 今日の目的は俺の髪を切ることだけど、獅子王さんのテスト勉強の息抜きになってほしいし。嫌な思いはさせたくない。


 ――なんか獅子王さんが俺よりもめっちゃ強そうな四脚よつあしビークルに乗ってやってきた。


 ここ数年で流通しだした自立AI搭載の四脚ビークル。


 どんな悪路も壁だって走れて、暴漢も一撃KOしちゃうと噂の代物だ。本当かは知らない。


 道路の駐車スペースに止まった四脚ビークルのハッチから、獅子王さんがタラップを踏んで下りてきたのだ。


 そして四脚ビークルの方を向いた。便利なもので自分の顔が映るモニターが現れ、身だしなみを整えている。


 金髪のボブカットヘアーもいつもとちょっと違う。今日は後ろ髪をシュシュでまとめている。


 服装も白いキャップに、タンクトップの上に少しダボッとした感じのシースルーのアウター、デニムのショートパンツ。


 学園指定のブレザーとはまた違う姿だけど、〈GoF〉のレオと服装が似ている。


 レオも魔法使いらしからぬダメージ系のデニムのパンツに、ヘソ出しがデフォのトップスを好んでるし。


 少し待ってからの方がいいかな。身だしなみが終わるまで隅で待とう。


 十分ほど経った。

 獅子王さんの身だしなみチェックが終わる様子はない。


 あれ? 今度は四脚ビークルと何か言い合ってる?

 時間はまだあるけど、さすがに声をかけてみようかな。


 よくよく考えると黙って見ている方が失礼な気がしてきたし。


「不審者接近アラート発令ですわ! レオナお嬢様早くワタクシに搭乗してくださいまし!」


 だがしかし、獅子王さんに近づいた瞬間、四脚ビークルから可愛い声で警告を発せられてしまった。


「え? 不審者って?」

「レオナお嬢様のおバカー! 後ろ! 後ろですわー! ルックバックですわー! そいつですわよ!」


 獅子王さんと間接的に目が合うも、首を傾げられてしまう。


「おー……おー? 兎野君じゃん。おっはー」

「おはよう。獅子王さん」

「ってか、早くない? ってのも私が言えたセリフじゃないよねー」

「早めに来た方がいいかなと思ったら、予想以上に早かったみたいな感じで」

「それな。私も今日は朝ご飯をおかわりしなかったし。時間的に余裕がありすぎた。それよりやっぱ兎野君グラサンに似合うねー。BGかよー」

「学園以外で夏場で人通りが多い場所に行く時は、髪もべたつくから分けた方がまだまともに見られるからさ。キャップとサングラスも基本装備になってるね」


 俺のことなんて誰も気にもしないけど、やっぱり不安は拭えないからこその安全策だ。


「そっか。ところで兎野君や。上から下までシンプルすぎないかね?」


 獅子王さんは顎に手をやって、俺の服装を隅々までチェックした結論を述べられた。


 俺の服装は黒いキャップにサングラス、白Tシャツにジーンズに荷物が入ったトートバッグ。お手頃価格で若者人気が高いメーカーのセット装備だ。


「父さんのコーデだと山の妖精コーデになって」

「うんうん。ましろーって雪化粧で映える森の中で手を振ってそうだよねー」

「母さんだとスカジャンにストリート系のオラオラコーデになって」

「うんうん。夜の湾岸高速をバイクでかっ飛ばすイケイケな姿が映えそうだよねー」

「対消滅してシンプルになる」

「ウケる! 確かにホワイトアウトしそー。でも、シンプルイズベストだし。やっぱタッパあるとなに着ても似合うよねー。うらやま」


 獅子王さんの方が何を着ても似合うよ、とは軽口を叩くのはやはりまだ難しい。


「レオナお嬢様ー? ワタクシをガン無視して殿方とエンジョイするのはいいですが、そろそろ自己紹介をしやがってもいい頃ですわ」


 四脚ビークルさんが本体部分からマニピュレーターアームを出して、獅子王さんの服を軽く引っ張った。


「あー、すっかり忘れてた。こちらクラスメイトの兎野君。さっき話したでしょ」

「あらまあ、そうだったのですわね。ワタクシとんだ勘違いをしてしまいましたわ。てっきりクソオブゴミの軽薄ナンパ野郎だと思いましたわ。ジャンピング土下座したい気分ですわ」


 なんだろ。お嬢様口調だけど、かなり個性の強いAIみたいだ。


「では、改めましてお初にお目にかかりますわ! ワタクシ、レオナお嬢様のサポートAIにして四脚ビークルモード中のデス出州美ですみ一号ですわ!」


 これまた凄い名前だ。

 デス出州美一号さんのマニピュレーターアームと握手をする。


「これはご丁寧にどうも。獅子王さんのクラスメイトの兎野真白です」

「ええ。存じておりますわ。移動中にさんざん聞かれましたもの。では、早速こちらのモニターで改めて名前、顔、音声、指紋登録をお願いしますわ」


 先ほど獅子王さんが使っていたモニターが俺の前に向けられた。

 言われたとおりに全ての手順を踏んでいく。


「万事解決、登録完了ですわ。ふふふっ! これでレオナのお嬢様の彼ピ情報ゲットですわー!」

「ちょっとー? おい、コラ。兎野君が困るでしょーが。管理者権限発動。今すぐそのメモリ消せ。このエセファッションポンコツお嬢様!」

「もう遅いですわー! 二号、三号、四号たちに共有済みですわ! ワタクシのメモリが消えても第二第三のワタクシが登場ごめんあそばせですわー!」

「うるさーい! ほらすぐ消せ! 今消せ! デリートしてやる!」


 ワチャワチャしてるけど、凄く仲がいい。姉妹みたいだ。


 AIの自我の凄さに驚きつつも、獅子王さんのサポートAIらしいと思ってしまったのは失礼かな。


「はあ、まったく。仮にも獅子王グループのご令嬢の言動とは思えませんわ」

「どの口が言ってんだー、コラ? そっくりそのまま返すぞー?」

「もう付き合ってられませんわ。では、兎野様。レオナお嬢様のお守りとてつもなく大変ですが、よろしくお願い申しわげますわー。 デートお楽しみやがれですわー! 暴漢が現れた時は超加速カタパルトでお空から即参上! どこでもデリバリーなお助けに参りますわあぁぁぁー!」


 デス出州美一号さんが捨て台詞? を残して道路を駆け抜けていってしまった。


「その、もの凄く、個性的で面白いAIだね」

「ごめんねー、兎野君。驚いたでしょ? 昔にうちの会社が開発した試作AIで、小さい頃から面倒見させられてるんだ」

「そうなんだ。姉妹みたいだね」


 先ほど思ったことを口に出してみた。


「えー? あれと姉妹はちょっとなー……ってか、待って。兎野君。それって私がデス美と似てるってこと?」

「え? いや、そういう意味じゃなくて……その、年月的な意味で、だよ?」


 本当は性格面などもそうだけど、ここで押し切る勇気もまだない。


「なーんだ。そういうことかー。お兄ちゃんな兎野君に言われちゃ否定はしにくいですなー。私一人っ子だし」


 獅子王さんは特別ムキにもならずに納得してくれた。


 ふう……良かった。思い切るのもほどほどにしないと。いつ痛い目にあうか分からない。軽はずみな発言は気をつけよう。


「あ、そだ。あいつさー……その。デートとか変なこと言ったけど、心配しないで。あくまで今日の目的は兎野君のイメチェン夏休み明けデビュー計画だからね。浮かれてないし。安心していーぞ?」

「えっと? それは、もちろん」


 今日は俺が獅子王さんに面倒を見てもらう。獅子王さんはまだしも、俺が浮かれている暇はない。


「それはーそれでーなんかさー……つまんなくない?」

「そう……かも?」

「ってことで、予定よりも早く合流したし、サロンの予約まで時間あるし、とりま軽く何か食べに行こーぜっ」

「やっぱりそうなるよね」

「そーなっちゃいますなー。さーて、どこにしよっかなー」


 獅子王さんがスマホを弄って早めに食べられる場所を探し始めた。


「そういえば、さっきデス出州美一号さんが言ってたけど。本当に緊急時は空から飛んでくるの?」

「あいつのことはデス美でいーよ。でも、どーなんだろ? 私のスマホにSOSアプリが入ってるけどさ。使ったことないから分からないや」

「まあ、使う時がこない方が安心だよね」

「それな。デス美に借り作ったらめんどいし。でも、兎野君がいれば安心でしょ。頼りにしてるぜー男の子」


 ニヤつく獅子王さんが俺のお腹を肘でグリグリと弄ってきた。

 それだけでへっぴり腰になるけど、本当の緊急時はしゃんとしよう。

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