第14話 夏休み、物欲センサー、仕事すな、みたいな

 今回の夏休みイベントの公式名は真夏のビッグウェーブサマーフェス! 突撃噴出! ハーミットクラブ・シーウィード! となっている。


 イベント専用マップは海面から指す陽光が幻想的な光景を生みだす海中だ。


「ハハハハッ! 雑魚がゴミのようだ!」


 獅子王さんの楽しそうな笑い声が響き、俺の視界は雷で蹴散らされていく魚介モンスターで埋め尽くされている。


 息を忘れるくらいの絶景も上回る殺伐さです、なんて思ったりしたこともあった。イベント最終日ともなれば、見慣れて当然だ。


 今回のイベントはウェーブ戦。

 パーティ単位で用意された専用マップで、1ウェーブ――1戦毎に出現する全ての敵を倒して、第5ウェーブの最終戦まで耐える戦闘方式だ。


「第三ウェーブ終了っとー。ウサボン、支援よろー」

「次は中ボスだから前に出すぎないでね」

「チッチッチッ。ウサボンさんや、誰に言ってるのかねー。周回しすぎて目を瞑ってもできちゃうぜー」


 後方で獅子王さんがロッドをぶんぶん振り回してアピールしている。


 第四ウェーブが始まり、中ボスのイソギンチャー・クラブと引き続き取り巻きの雑魚モンスターが出現する。


 イソギンチャク型砲台を背負った独特なシルエットのカニだ。

 ちなみに前にも歩ける迷惑設計。


 取り巻きの雑魚モンスターは装備と耐性の純粋な性能で凌いで、さっさと削りきって倒してもらう。


 とにかく一発一発の火力が高いボスクラスは、回避や防御に行動パターンの把握が必要になってくる。


 イソギンチャクの口に青白い光の魔法陣が現れる。


 こちらの魔法を吸い取ってから、高火力の砲弾を放つカウンタースキルであるスポイトテンタクルランチャー。


「STL。5、4、3、2、1、解除」

「りょー。はい、ボルテックスブラストー……ドーン!」


 発動モーションが解除されるのを待ってから、獅子王さんが単発高火力雷属性魔法を放った。


「続けて連発連発ー」


 どんどん魔法を発動させ、海中なのに雷が鳴り止まない。

 戦闘中の敵側のスキル名は基本的に簡略化して話す。


 ただ獅子王さんはあれ、これ、でっかいの、ガチ、ヤバいとか抽象的に言う時があるけど、だいたい通じているから……セーフなのかな?


 そのまま適時回避しつつ、支援と回復を撒き、敵の強攻撃を盾で弾いてジャストカード。


 のけぞり中はダメージ量がアップし、さらにダウンを取れば、クリティカル率もアップし、相当なDPSが見込める。


 季節イベントの中ボスなら俺たちの敵じゃない、と思っている間に撃破。

 再度バフをかけ直してと。


「さーて本日最初のボス! ウサボン、物欲センサーはゼロでお願いしまーす。無心だよ!」


 物欲センサーとは遙か昔から受け継がれし呪いの言葉だ。


 レアアイテムを求めてモンスターを狩ると出なくなり、たまたま通りがかって初めて倒したモンスターからレアアイテムが出る理不尽な運命。


 今までの多くのプレイヤーが呪詛を吐きあったとか、いないとか。


「そうだね。無欲の勝利」

「それな! 煩悩退散!」


 こういうことを言っている時点で無欲じゃないし、煩悩も退散してないんだけどもそういうノリなのだ。出ないと時は出ないし、出る時は出るの精神だ。


 レア運は俺よりも獅子王さんの方が高い。

 一年ほど長くやっている俺と同じくらいの装備があり、もう追い抜かれてもおかしくないほどだ。


 今回もうまい具合にお互いのレア運が発揮してくれるといいけど。


 最終ウェーブを知らせる海底火山が噴火し、中からハーミットクラブ・シーウィードが現れる。


 ヤドカリを逆さまにしたボスで、上に本体、下が巻き貝になっている。ただ巻き貝には膨大な海藻がまとわりついて、渦巻きのように回転している。


 それを全て剥がし、貝を壊せば、HPを削りきったと判定され討伐完了だ。

 獅子王さんとけっこう距離をとって、ハーミットクラブ・シーウィードのタゲをとる。


 お互いの立ち位置はちょっと、けっこう、かなりで分けて把握している。


 最初は獅子王さんいわくモジャモジャ太め白兎が機敏に動く姿がツボだったらしく、ミスも多かったけど。


 今はもうそんなことはなく、しっかりとした連携がとれるようになった。


「じゃ、気張りますか! ネオライトニング・ストーム!」


 雷が降り注ぐとハーミットクラブ・シーウィードが削られ、ワカメ、コンブ、テングサなどの海藻が飛び散っていく。


 ただのオブジェクトの海藻ではなく、ギミックの一つだ。


 飛び散った海藻が根を張り、触手のように俺を拘束し、動きを封じようとしてくる。

 だからこそ、広範囲魔法でお邪魔ギミックを焼き払ってもらう。


 そして、だいたい上級広範囲魔法はエフェクトが凄い。

 つまり前が、とても見にくい。


 エフェクトを完全無効化すると、それはそれで立ち回りが面倒なので簡略化している。

 逆に獅子王さんはダメージ数値も表示し、エフェクト全開方のフルスロットル状態だ。


 俺も爆走毛玉珍獣ウサボンバーでソロプレイしている時は、そうしているので気持ちがよく分かる。


 範囲攻撃スキルをメインにした場合は、タンク役の視界はほぼモンスターとスキルエフェクトになる。


 視界インターフェースで仲間のHPやバフ管理は右側のPTメンバー欄、位置は右上のマップ情報を見て把握し、距離を測る。


 とにかく経験と反応が大事だ。リアルに近づいた分、頭を意外に使う。


 集中力だけは人並みよりあるらしい俺の場合、苦じゃなかった。動きは予測できるし、受けるよりも回避が楽だ。


 ジャストカードを積極的に狙いつつ、消耗を最小限にするのがいい。


 あくまでこれは俺がやりやすいプレイスタイルなだけで、正解じゃない。 


 自分にあったプレイスタイルを追い求めるのもVRネトゲの醍醐味だと思うから、好きにやっていくのが一番だ。


 それに回避不能の必中攻撃だってあるし。


「SWT。右回りからいこっか」

「りょー。アビスインフェルノー! 燃やすぜー!」


 その一つであるシーウィード・テンペストの発動フェーズがきた。


 巨大なワカメ、コンブ、テングサ、ウミブドウが四方に立ち上り、物理スキルや魔法を放ってくる。


 これらも水属性で雷属性が弱点と思いきや、土属性で火属性が弱点なのである。

 ただ時間制限は意外にシビアなのでさっさと倒して、本体のタゲを取り直す。


 今回のボスにそこまで厄介な攻撃はない。

 やっぱり夏休みイベントだから、色んな年齢層の新規プレイヤーを取り入れたいのかなと思ったりもする。


 夏休みかあ。


 家族と旅行、宿題をやる、〈GoF〉で遊ぶ、武琉姫璃威ヴァルキリーでバイト、くらいしか思い出がないけど不満はない。


 自分にはそれくらいで十分……と思うこと自体から変えるべきなのかもしれないけど。


「そういやウサボンさんや。 イメチェン夏休み明けデビュー計画はさておき、中間考査テストの見通しはどんな感じ?」

「え? なんて――」

「ちょ、ウサボン! まえまえ!」

「あっ」


 射出されたハサミによるクラブスマッシャーが直撃した。


「……ハイヒール」


 まあ、この程度は耐性装備で固めてるので一割くらいしか削れない。


「ご、ごめんねー。急に話しかけちゃって。しかし、ウサボンがポカるとか珍しーこともあるね」

「俺だってミスる時はあるからね。それより……イメチェン……夏休み明け、デビュー……計画ってのはさっきの話のだよね?」


 声を発しただけで俺の思考声帯が焼き切れそうだった。

 光属性っぽい言葉は今の俺に特攻らしい。


 やると決めたからにはやめる気はないけど、俺には強く、眩しく、熱い言葉に思えてしまうんだろう。


「そそ。なにごとも作戦名を考えることでより具体的に実行に移しやすくなるのだよ。で、イメチェン夏休み明けデビューも大事だけどさ。中間考査テストはどうですかなーっと。ほら私たちってなんだかんだ学生だから、勉強が本分だし。疎かにできないわけですよ」

「テストはそうだね。平均点いければ……くらいかな」

「そかそか。うちって勉強ガチ勢多いから平均上がってしんどいよねー。でも、大丈夫そーで安心した。テス勉でしばらく〈GoF〉もできなくなるし」

「そうだね。幸い夏休みの宿題を復習しつつ、範囲をやっておけば平均くらいはとれるし」


 しばらく〈GoF〉で獅子王さんと遊べなくなるのは寂しいけど、協力してもらうのだから迷惑をかけてばかりもいられない。


 しっかり勉強もして、結果を出さないと。


「ちょいちょーい。ウサボン、そこはレオの方こそ赤点大丈夫なんかーい? ってツッコむところでは?」

「え? だって、レオ。成績上位じゃ?」


 一学期期末考査の順位はたしか十位以内だったはず。


「まあ、ねー。こー見えても秀才ですからね。私もやればできる子なんですよ……あ、終わった」


 そんなリアルのテストについて話している間に、ハーミットクラブ・シーウィードが爆発し討伐完了した。


 残骸である海藻が飛び散り、俺の身体にまとわりついてきた。これまた回避不能の必中嫌がらせ攻撃だ。


「やーい! ウサボンの海藻モジャモジャグリーンモンスター! いや、何回見てもウケるし! おかしー! お腹痛いー! 絶対運営狙ってるよねー!」


 獅子王さんが爆笑している。


 まあ、別にヌメヌメみたいな感触はないし、磯臭くもないし、ダメージもデバフもないからいいんだけれども。


「……確かに狙っているよね、これ」


 獅子王さんはボスから距離が離れていたので、被害は受けていない。


 ダークエルフの女性が海藻まみれになったら……まあ、あれだよね。


 海藻もすぐに消え去り、討伐報酬の宝箱が出現している。


「じゃあ、お待ちかねのガチャタイム! ご開帳! せーの!」


 獅子王さんと一緒に宝箱を開ける。

 中身はほとんどゴールドが詰まった金袋だった。


「……ハズレだね」

「ま、まだ時間はあるし! 次々!」


 イベントのウェーブ戦は午前5時区切りで、1日1アカウント3回まで挑戦が可能だ。


 外れても今のようにゴールド、精錬用や装備アップグレード用鉱石、そこそこ貴重な素材など便利アイテムが手に入り、おいしい稼ぎになる。


 ただ俺たちの目的はあくまで限定レジェンド水着装備。


 頭、上半身、下半身、靴、アクセサリー、武器の6つ。

 基本的に討伐に参加したメンバーの装備がドロップされる。


 現状俺たちも武器以外は揃えている。ただ武器は装備できる種類が一つではないので、当たり外れがある。


 季節イベントの装備は必ずしも入手しないといけないものじゃない。


 しかし、いつアップデートが入り、新イベントの必須装備になるか分からない以上、確保しておきたいのがネトゲプレイヤーの性なのです。


 それにプロのデザイナーのデザインなので、単純な衣装としても女性を中心に人気がある。


 なのでもう一周開始し、また海藻まみれになり。


「あー……またハズレかー。次がラストだけど私たちの運命力を信じる!」


 ラストの三回目。


「はー? 終わりましたわー、これ。物欲センサー働き過ぎじゃね? 夏休み、物欲センサー、仕事すな、みたいな」


 獅子王さん渾身? の俳句が出たけど、出なかった。何も出なかったのである。なんの成果もえらなかったのである。


 あったとすれば三回俺が海藻まみれになって、三回とも獅子王さんが爆笑して、レベルが1あがったくらいだ。


 現実は非情である。


「どうする、レオ?」

「買いに行こっか」

「そうだね」


 それはそれとしてお金の力で解決できるのもMMOのよさであると思う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る