第13話 私とかなんか色んな人の分だけ自分を信じて

「そうだね。母さんに教えてもらって、絵の中でもイラストを描くのにのめり込んじゃって。迷惑をかけた人たちに謝ってからは、ずっとイラストのことばっか考えてた。気が付いたら小学校を卒業して中一も終わって、中二になってたくらいに」

「恐るべき集中力じゃん。そんだけ楽しかったんだ」


 獅子王さんの口調はいつもの感じだけど、言葉を選んでいる気がした。

 逆に俺が言葉を選んで偽ったところでなんの意味もない。


 全部吐き出す気で言う。


「イラスト自体を描くのもそうだし、上達していくのもね。俺って一つのことにのめり込みやすいタイプみたいでさ。中二に上がった頃にはイラスト熱もある程度落ち着いたんだけど」


 自分の世界しか見ようとしなかった俺は外の世界を見た。


「中二の自己紹介で、あれ? 人と話すのってどうすればいいんだっけ? ってなっちゃって。しかも、身長もめっちゃ伸びてて。元々小学生の悪い噂もあったから友達もいないし、できないし。自業自得なんだけどね」


 なぜか分からないけど、もの凄く人の目が怖くなっていたのを覚えている。


「そうしたらうまく喋れなくなっちゃったんだ。それでもまあ、どうにかやれてたんだけど……」

「やれなくなったことが起きた?」


 俺が一度口を止めたのを見て、獅子王さんが続きを言いやすいように質問をしてくれた。


「急に話変わるけどさ。小学生って足の速い子が人気者になりやすいでしょ?」

「え? うーん。確かにそうかも? 速さは正義だし」

「俺も学年の中じゃ一番足が速くてさ。走りで負けたことがなかった。リレーもいつもアンカーで相手をぶち抜いたり、独走したりで六年連続一位」

「ウサボンらしからぬ急な自慢話……ってわけじゃないよね?」

「……まあ、小学生の頃は自慢しまくってたのは間違ってないんだけどね」


 足が速い=男らしいなんて単純な思考で威張ってふんぞり返ってた。

 普段は怖がられてたけど、運動会の時だけはヒーロー扱いだったのもある。


「中一の体育祭も同じで、まだ大丈夫だった。イラストのことしか目に入ってなかったから」

「……中二の時は違った?」


 獅子王さんが恐る恐る聞いてきた質問に頷く。


「足が速いのは知られてたから、中二もアンカーだったんだけど。体育祭の開始時点でおかしかったんだ。ずっと大勢の人に注目されてる気がして。どうにか終わるまで我慢しようとしたんだけどダメだった」


 クラス別対抗リレーの番がきて、レーンに立った瞬間、全てがおかしくなった。


「息が上がって。自分の身体が別人みたいになって。バトンを貰った瞬間、足がもつれて盛大に顔面からグラウンドにこけた。膝も肘もすりむくは、鼻血も出るわで続行不可能とみなされて棄権。最下位だったし、逆転負けで自分の白組も最下位。その日は保健室で手当てして、そのまま帰って休み明けに登校したんだけど」


 あの時の冷たさも鮮明に覚えている。


「教室に入った瞬間、空気が全然違うのが分かっちゃったんだよね。でも、特に何か言われることもないし、陰口も……されてたのかもしれないけど、聞いたことはなかった」


 面と向かって「お前のせいで負けた」って言われた方がまだスッキリできたかもしれない。


 陰口の一つでも聞こえきた方がよかったかもしれない。そういうことを言っても大丈夫な相手だとまだ思われているから。


 ……いや、凄い落ち込んで今と変わらない気がする。


「で、俺と目があった人は慌てて目をそらすしで。だからさ、あ、俺って怖がられてるんだって改めて思っちゃって。それからはなるべく目立たず、波風立てずに隅っこにいたんだ。中三のリレーもまあ、ひどい有様で最下位だった」


 だから集団行動の時は日の当たる場所には出ないで、影でひっそりと息を殺してきた。


「というのが、今の俺の現状を作った原因、かな」


 そして今も、それは大きく変わっていない。

 獅子王さんはテーブルに載せた自分の手をじっと見つめて黙っていた。


「悪い」


 獅子王さんが呟き、


「みんな悪い! ウサボンも悪い!」


 バンっとテーブルを叩いて立ち上がった。


「確かに運動会でリレーでこけたらめっちゃしんどいし! 私もちょー寝込む気しかしないし! でも、こけた相手を責めれんし! どんな言葉をかけていいか私も分からんし! やらかした本人も何言えばいいか分からないし! ごめんで済むかどうかも分からんし! だから、みんな悪い……みたいなあ……」

「喧嘩両成敗……みたいな感じ?」

「それもーなんかさー……違うー……みたいな感じでぇ……?」


 獅子王さんは不完全燃焼のようでふらふらと椅子に座り直してしまった。

 俺も怒られたはずなのに思っているよりもへこんでない。ホッとしてる気さえしてる。


 だから、悪いことばかりじゃない続きを話す気力が湧いてきた。


「俺の選択も悪かったんだと思う。でも、その時のことがきっかけで夏休みから〈GoF〉を初めたんだ。根本的な解決をできないままでいるのは確かだけど」


 リアルで人と話せるようになんて最初は言い訳だった。

 本当は逃げ場所が欲しかっただけ。


 それでも。たとえどんな理由だったとしても。


 初めて〈GoF〉の中で自分のキャラ――黒い兎を動かした時のことは忘れていない。


 小学生の時と同じように身体が軽くて、どこまで速く走れたから。


「ドラさんやちょこさんや色んな人に出会えたし、レオにも会えたし……それにリアルで獅子王さんとも会えたし。全部が悪いことばかりじゃなかったよ」

「……そっか。なんとなく、分かったよ。ごめんね、しんどい話させちゃって」


 獅子王さんは握った両手に視線を落としままだ。

 正直、こんな話を聞かされるだけでも苦しいはずだ。


 俺もここからどういう風に話せばいいのか分からないでいる。

 しばらく無音が続く中、獅子王さんの息づかいが聞こえた。


「ウサボンはさ……自分の外見が嫌い?」

「嫌い……ではないと思う。同じ学年の、クラスの人が俺を見た時の怖がる顔、腫れ物みたいに扱ってる感じが怖い……んだと思う。鏡を見てる感じというか」

「じゃあさ、ウサボンは爆走毛玉珍獣ウサボンバーやローリングアンゴラは好き?」


 想像していなかった話題に戸惑いつつ答える。


「自分が好きにキャラメイクしたし、好きだよ」


 ダークでアウトローな黒い兎の爆走毛玉珍獣ウサボンバーも、ポップでほんわかでモジャモジャな白い兎のローリングアンゴラも、リアルの俺と違ってかっこよさや愛嬌に溢れている。


「だよね。私も自分のキャラが好き。リアルじゃ手入れが大変なサラサラシルバー超ロングヘアーも余裕だし、たれ目もキリッとイケメンツリ目にできるし、耳も長くてキュートだし、褐色だし腰は細いし胸も尻もふとももも盛れるし。なによりダークエロフだし!」


 つまり獅子王さんの理想と煩悩が込められた姿というわけだ。

 俺のキャラと同じで色んな思いが込められている。


「そんで最高なキャラを演じて動かせる自分も好き! だから、ウサボンもウサボンだし!」

「そう、だね?」


 獅子王さんが言わんとすることが分からず曖昧に返事をしてしまった。


「さっきも言ったけどさ! あたしはどんなウサボンでも怖いと思ったことはないし! ビビらないし! 昔の芝狩小に生息する白兎の暴君は知らないけど! 今のウサボンは誰よりも知ってると自負してますし! 今の私が証明してるじゃん! ウサボンは怖くないって! ふつーに話せるじゃん!」


 だから! と獅子王さんはますます主張を強くする。


「私の分だけ自信を持っていいよ! あ、でもちょっと待って! マスターとかバイト先の人の分もあるのかな!? ん、んん……? そーするととーぜん家族だってあるしー……ギルメンも確定だし。隠れファンだっているかもしれないし……一体何人分を盛ればいいんじゃあ……?」


 なにやら疑念が生まれたらしく、獅子王さんは混乱してしまった。

 頭を抱える獅子王さんがおかしくて、失礼と分かっていてもつい吹き出してしまった。


「ありがとう、レオ」


 ここまで言われたら俺だって獅子王さんが言いたいことは伝わった。


「う。うまく伝わった?」

「伝わった。大事なのは中身で、気の持ちようで見た目の印象だって変わる。私が知る俺の分だけ自信を持って……って感じかな?」

「お、おう。だいたいそんな感じ。さすがウサボン分かってらっしゃる。しかし、私が言いたいことをそんな簡潔に言われちゃうと照れちゃいますな。へへ……」


 獅子王さんが魔女帽子を目深く被り、照れ隠ししているみたいだ。

 家族以外の人に自分の悩みを話したのは初めてだったけど、良かったと思う。


 それが獅子王さんだったからというのもある。

 とにかく俺には自信や自己肯定感ってやつが欠如しているんだろう。


 ただ分かっていても。


「現実問題。どうすればいいんだろ」

「ふっふっふっ。それはもうあれでしょ」

「あれですか」

「あれですよ」


 気持ちを切り替えた獅子王さんが悪人顔で頷く。


「まだ間に合う! 夏休み明けデビューだよ! イメチェンしてみよ! 詳細はしばし待たれよ!」

「やっぱりさ。自分の外見を受け入れるところから始まるよね」

「難しく考えないでって……軽く言うわけにもいかないよね。こつこつ経験値貯めてレベルアップしていこ。幸いウサボンの初期装備はかなりいいしー」

「初期装備? 私服とかアクセのこと? シンプルな物しかないけど」

「え? あーっと、まあ、それも含まれるけどウサボン自身のことだよ。いくら腕のいいシェフでも素材を疎かにしてはいけないからね。素材の良さを引き出さないと」

「なるほど。勉強になります」


 いまいちしっくりきていないけど、言いたいことはなんとく分かる。なんとなくだけ。


「でもさ、不思議だよねえ」


 獅子王さんがまたテーブルに身体を預け、俺の方に両手を伸ばしてきた。


「不思議って?」

「……ちょっと前まではさ。お互いに大事なことを打ち明けるなんて思わなかったから。しかも狩りもせずに。こういう使い方もあるんだなーって、なんかしみじみしちゃったわけですよ」


 獅子王さんは噛みしめるように言って、両手をゆらゆらと揺らしている。

 その気持ちなら俺にもよく分かる。


「雨降って地固まるじゃないけど喧嘩した分、本音を言いやすくなったんじゃないかな」

「ケンカかあー……ケンカ? あれ、ウサボン。私たちってケンカしたの?」

「それは、どうなんだろ?」


 自分で言ったくせに疑問を感じてしまった。


 獅子王さんが離婚話を切り出して、ネトゲ離婚して。リアルで偶然に偶然が重なって、またこうして仲直りできたわけだけど。


「……思い返してみると、離婚の理由はお互いに不満や苛立ちがあったわけでもないし、嫌いが理由じゃなかったし。いや、離婚を喧嘩とするならそうなんだろうけど」


 ネトゲの結婚相手っていう特殊な関係だった俺に、獅子王さんは頼りたかっただけだ。


 ただ俺がちゃんと受け止めきれなかっただけで。

 ある意味信頼の証……なんて自惚れは、ほどほどにしておこう。


「うん。私の暴走、だよね。面目ない。でもでも。本音を言いやすくなったのは事実だし。私が言うセリフじゃないのは重々承知ですが、こーしてウサボンとリアルでも知り合えたのは良かったよ」


 獅子王さんが立ち上がり、その場で一回転してからおどけたように笑って見せた。

 ……だけど、ちょっとは自惚れても罰は当たらないとも思う。


「って、ことでウサボン! これから気分転換に狩りいこうぜ!」

「え?」


 獅子王さんは今まで何度となくしてきたノリで狩りに誘ってきた。


「だって、明日メンテで夏休みイベント終わっちゃうんだよ!? 限定レジェンド水着装備もまだ揃ってないし! 休んだ分はこなさいと! ほら、まだ24時じゃないし! いけるいける!」

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