第12話 この思いを黒歴史とは呼びたくない

「ウサボン、今日は突然押しかけちゃってごめんね! でも、凄い楽しかったよ! ウサボンの2ndフォームも見られたし、よき一日だったよー」


〈GoF〉で獅子王さんと合流し、昨日と同じ会話専用ルームで雑談から始まった。


「俺も楽しかったし、いい経験できたよ。ありがとう。あ、夕ご飯食べられた?」

「それがさー。ママに武琉姫璃威ヴァルキリーで撮った映え映えの写真見せたら、ご飯抜き、炭水化物NG、ロカボです! って言われたんだよね。野菜スープとサラダとリンゴだけだったー。ふつーに食べられたんですけど。ぴえん」


 ……獅子王さんのお母さんの判断は間違っていないと思います。


 獅子王さんは見た目に反して、大食い気質があるみたいだ。もちろん体質的に太らない人もいるんだろうけど。


 獅子王さんはどのタイプなのか、とは聞けないし。


「まあ、でも。お母さんも獅子王さんの……体調を思ってのことだと思うし。ほら、昨日あんまり眠れなかったって言ってでしょ?」


 大食いなんだね、と女の子に対してサラッと言える度胸もないので濁します。


「ふふん。それは心配いらないよ。今日は爆睡して体調はパーペキだったから。だからこそ、空腹度も限界突破しちゃったんだよ。今日は私の大好物のお肉だったのにー。でも、心配してくれてありがと」


 レオの顔立ちはリアルの獅子王さんとは違うけど、優しい笑顔は不思議と一緒に見える。


「それにしても武流姫璃威のマスターさんさ。凄い美人さんだったよねー。他の店員さんもレベチだし。ウサボンもいい感じに溶け込んでたし。お金と時間に余裕があれば常連になって、推しとして無限にお布施しちゃいそ」

「レオが褒めてたって言ったら、マスターも先輩たちも――」


 鷹城たかじょうさんと鮫之宮さめのみや先輩は素直に喜んでくれると思う。

 他の二人の先輩方の荒れっぷりを思い出すと、どんな反応をするのか想像がつかない。


「喜んでくれるよ」


 なので、願望も込めて言うしかなかった。


「マ? それならとってもハッピーですな。私はーやっぱウサボン推しだけどー、マジでマスターさん推しが一番多そうだよね」

「確かにマスターに会いに来る人が一番多いかな。マスター自身の対応は平等だけど」

「博愛主義者とはファン思いである反面、時にファン泣かせでもあるよねー。前方彼女面と後方彼氏面は永遠に相容れんし。けど、ウサボンさ。マスターとは普通というか、親しげに話せてたよね? 知り合い?」

「マスターは母さんの同級生で、小さい頃からの知り合いだよ。それにまあ」


 ……元ファッションヤンキー部だし。


 発展し続ける高度情報化社会において、古の特攻服に身を包み、全国の峠を部長だった母さんらと制覇したらしい。


 そういう一面も知っているので、不安を感じずにすんでいるのかも。


「それにまあ?」

「あ、えっと。それにちょっと変わってるけど、人のお世話をするのが好きで優しい人だからさ。平常心で話せるんだと思う」

「そっかそっか。え? 待って? ウサボンのママと同い年? マジで? 現代美容の進歩を感じるぜー……。20代だと思ったし」


 感心する獅子王さんもその恩恵にあずかっているはずだけど。


「だから、ウサボンも普通に話せてたんだね。ネトゲフレンズ兼リア友の私とも話せるし、武琉姫璃威での接客もオーケー。バイトの同僚さんとは話せるの?」

「そうだね。みんな年上ってのもあるだろうけど」

「なるほどね。リアルのクラスメイトはアウト。ウサボンの対人防衛ラインって、同い年の子限定でかなり高い?」


 話の方向性が雑談から違うものに変わったのを感じ取り、慎重に答える。


「そう、だと思う。同級生とかが外見で怖がってるって反応を見ちゃうと、どうしても声が出なくて、頭が真っ白になりやすいんだ」

「私はウサボンを見ても怖いだなんて思わないけど……。今日一日見た中だと学園ではみんな近寄れないって感じはあったかな」

「俺がそういう風に振る舞ってるのもあるけど、やっぱりそうだよね」

 

 近寄りがたくなる壁を自分で作り出してるのだから、他人の反応に文句を言う資格はない。


「あ、でもでも! 武流姫璃威の時は違ったよ! 人も違うから断言できないけどさ! 同い年の子だっているはずじゃん!? 他人も大事だけど、やっぱりウサボンの意識が重要なんだと思う! バイト中のウサボンはすっごい自信があって、イケイケだったから! 〈GoF〉でもそうだし!」


 獅子王さんは、レオはこういう子だ。

 言いたいこと、感じたこと、思ったことをズバズバ言う。


 その後に悩んだり、反省したり、後悔したりもする。

 素直な意見だからこそ、俺もちゃんと受け止められる。


「確かに武流姫璃威では必要な時だけ接すればいいってのもあるんだよね。〈GoF〉でもそうだから、やっぱり役割……ロールを意識しているからかな。突発的なイベント対応と相手の……顔を見るのが苦手なんだと思う」

「なるほどなるほど。だんだん把握してきたよ。あのさ、ウサボン。聞きづらいこと聞いていい?」


 獅子王さんがこうして確認をとるってことは、本当に大事なことだと思う。気を引き締める。


「……うん、いいよ」

「自分の外見で嫌な思い出あった?」


 想像どおり大事なことだ。

 前に獅子王さんも自分のことを話してくれた。


 覚悟はしていた。話す日はすぐにくると思っていた。だから、俺も隠さず打ち明ける。


「俺の母さんさ。マンガ家でさ」

「ん? うん? え? は? マ!?」

「本当だよ。ペンネームはルナティック☆キララ」

「ルナティック☆キララって、今度アニメ化するこの想いをアオで描けたらの超有名マンガ家様じゃん! もちろん君と平凡な恋がしたいとかも含めて全巻コンプしてるし! マジでウサボンのママなの! すご!」


 獅子王さんは瞳を輝かせ、興奮を抑えきれずに立ち上がった。


「あ! ご、ごめん。今は感動している場合じゃないよね」

「いいよ。俺も母さんのマンガで感動してくれる人がいることが嬉しいから。今は、だけど」

「今は? じゃあ昔は違った?」


 獅子王さんが座り直してから話を続ける。


「うん。小学生の頃は母さんの仕事をいまいち理解してなかったし。家ではずっとジャージで化粧っ気もなくて死にそうな顔してたし。大事な学校行事を何度もすっぽかされたし。いつも父さんが家事で忙しそうなのも見てたし。それが嫌だった。なによりそんな母さんが描いた少女マンガなんてかっこ悪いと思ってたし」


 どうしてそんなにこじらせてしまったのかと今は思うけれど。

 当時の俺は母さんに構って欲しい気持ちが、悪い方向に暴走してしまっていた。


「あー……そうだよね。小学生の男の子なんて、読むとしても少年マンガだよね」

「だから母さんに反発して、男らしくあろうとして乱暴だったんだ」

「ウサボンが? 想像ができないなあ」


 荒れていた頃を思い出し、何度も深呼吸を繰り返してから、ゆっくり吐き出す。


「……小学生の頃はその、芝狩しばかり小に生息する白兎はくと暴君ぼうくんって呼ばれてたから」

「なにそれかっこいい。って、ごめん。また感心してる場合じゃないよね」

「気にしないでいいよ。芝狩小の生徒だけじゃなくて他校の生徒にも恐れられて、巷じゃ問題児扱いだった。母さんは気にした様子もなく接してきたけどね」

「鬼強メンタルなんだね。やっぱりマンガ家になれる人はハートから違うんだね」


 母さんは凄い気が強い人だから、俺の反抗なんて可愛く見えたんだろう。


「だから、余計にこじれてしまったというか」

「でも、今のウサボンになったきっかけがあるんだよね?」


 それでもやっぱり俺のことを気にかけてくれていた。


「小学六年生の時に母さんの読み切りラブコメが、なぜか少年マンガ雑誌に載っててさ。つい読んじゃったんだ。どうせ面白くない、つまらないってバカにしたくて」


 だけど、違った。

 できなかった。


「……それって、もしかして。この想いをアオで描けたら、の読み切り版?」

「うん。画家志望ながら色盲の男子高校生であるしろが、天才画家の孫娘であるあおと出会って一目惚れして。碧で最高の絵を描きたいと抱きながらも、学園での絵描きバトルで彼女とぶつかり合うラブコメ」


 少女マンガの作風から少年マンガ向けの作風に変えたのは、今までの自分を捨てる必要だってあったと思う。


 それでも挑戦した。理由は……俺のためでもある。


「テーマ以外は普通のラブコメだったけど、キャラクターの表情や動きは生き生きしていて、登場する絵も綺麗で……つい読み切っちゃったんだ。気がついたら家に帰って、母さんに絵の描き方教えてくれって言ってた」


 その読み切りから連載が決まり、今も相変わらず母さんの戦闘服はジャージだ。


「……そっか。ウサボンの絵描きライフはそこから始まったんだね。今の話だけ聞くとハートフルなホームドラマだと思うんだけど……まだ先があるわけだよね?」


 獅子王さんが言ったとおりここで踏みとどまっていれば、まだ取り返しもつくハッピーエンドで終わる話だったかもしれない。

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