第15話 海より花火よりMVP
マーケットを確認しにいく前に、ギルチャやギルドのロジックコードを見ておこうかな。
〈GoF〉でも提携しているロジックコードや動画配信サイトに、公式登録してあれば攻略サイトだって見られる。動画を垂れ流しながら狩りもできるのだ。
「あ、大佐さん。両方売れるって」
「マジ神じゃん。お願いしよっか」
ギルメンにはちょっと安くして売ってくれるパターンもある。激レアのボスカードなどは例外だけども。季節イベントのレジェンド級ならそこまでは高くはない。
まあ、値下げせずに相場の中央値くらいで買うのがベターだ。
即交渉、即現地、即購入。
「まいど。しかし、相変わらず夫婦仲がいいな。こんな時間でも仲良くペア狩りとは妬けるぜ」
トマトのかぶり物をして、バンダナを巻き、サングラス装備で、ダンディな声。ちなみに正式名称はトマト大佐だ。
自称果物にも野菜にもなれる変幻自在のシャドウアサシンのヒューマンで、好きなジャンルは日常系四コマもの。
「あー……そ、そうなんですよねー。ね、ねー? ウサボン」
「そ、そうだね、レオ」
俺と同じく、獅子王さんもうまい言葉が思いつかなかったみたいだ。
仲直りしたとはいえ、離婚したことはギルメンでもドラさんとちょこさんしか知っていない。少し気まずさがある。
「お二人の熱に当てられて焼きトマトになっちまうな。俺は任務に戻る。またな」
「おつー」
「お疲れ様です」
これはログアウトの挨拶だ。人によってその言い方も変わってくる。
しかし、大佐さんがいなくなっても気まずさは消えないでいる。
「……とりま、現地行って着替えよっか」
「うん。時間もないしね。急ごっか」
ここは一旦仕切り直そう。
夏休みイベント会場でもあるヴェラルーデ海岸に転移する。
「よかったー! まだ花火終わってない!」
夜の海に大輪の花が咲き誇っている。
おかげで俺たちの気まずさも吹き飛ばしてくれた。
〈GoF〉はリアルと違って、十二時間周期で日が巡り、天候も変わる。
ヴェラルーデ海岸では8時から日が切り替わった1時までの間、花火が打ち上げられる。
海岸には他のプレイヤーが花火を見上げたり、波打ち際で遊んでいたり、海の家で動画鑑賞していたりする。
「じゃーん! どうかな、ウサボン!」
獅子王さんが早速、水着装備に切り替えた。
ウォーロクの女性用水着は猫モチーフになっている。
サイズは体型に合わせて自動的に補正されるので、違和感なく着られる仕様だ。
全体的に紫ベースでビキニに、猫の肉球柄のパレオ、肉球の留め金がアクセントになっているビーチサンダル。
猫押しは止まらず、さらに猫耳のつばの大きい日よけ帽子、これまた猫耳付きの猫顔の日傘。
「イケてる? 映えてる? エモい? ヤバい?」
花火をバックにして、獅子王さんが楽しげに日傘をさしてポーズをとる。
「うん。イケて映えてるし、エモくてヤバい」
ダークエルフな獅子王さんにはピッタリな衣装だと思うから、俺もいつもは言わないような言葉を口にしてしまった。
「へへっ、そっかそっか! ってか、思ったんだけどさ。夜に日傘さすってシチュ的におかしくない? ウケる。って、ウサボンも装備しなよ! 私ばっかり見られてずるいし!」
獅子王さんにみとれて……いや、言われて俺も装備ウィンドウを開き、水着装備に切り替える。
「やばっ、ウサボン似合いすぎー!」
ビショップの男性用水着はサングラス付き帽子に、LIFEと達筆に書かれた白Tシャツ、ズボンタイプの海パン(浮き輪付き)、なぜか下駄に、アイスモナカバーメイス。
多分、モチーフはライフセーバーの監視員さん……だと思う。
イベント装備の女性用は遊ばず堅実な衣装になりやすいけど、男性用はわりと遊びに走ってネタ装備になることが多い。
小柄ながら太めでモジャモジャなビスタリアのラビット族な俺に補正が入ると、まあピッチピチ感満載です。
「あ、ダメ! またお腹痛い……!」
「そんなに面白い格好になってる?」
「なってるなってる! 鬼ヤバ!」
色んなポージングをする度に、獅子王さんが爆笑する。
しかし、周りの人はそこまで笑っていないような?
時々獅子王さんの笑いのツボが分からなくて困惑することもある。実は滑ってるんじゃと思い、いつか勘違いして自爆する日がくるんじゃないか的な。
「って、笑ってる場合じゃないし! ほら、ウサボン! 海だー!」
獅子王さんが俺の手を引いて、波打ち際に突撃し、ジャボジャボと海に入っていく。
海に入っても毛が濡れて萎まない完全防水仕様なので安心だけど。
「スプラッシュレーザー!」
獅子王さんはスキル名を言うフリをして、傘を振るって水をかけてくる。
「ヘイヘイ! ウサボン、カモーン!」
リアルもゲーム内も深夜と言っていいけど、獅子王さんはハイテンションだ。
……これが爆アゲってやつなんだろうか?
「スプラッシュ……レーザー……」
か細く震える声をごまかすように、アイスモナカバーメイスだけは強く振るう。
ネトゲでも大きな声で叫べるほどの度胸はまだないです。
「きゃ! 冷たく……なーい! しゃーなし! そだ! ウサボンさー!」
「うん。なに?」
水を掛け合いながら聞き返す。
声が小さいぞー! とか言われるのかな。
「今年はさー! リアルで海行けなかったら来年行こーね!」
「えっと……? そう、だね?」
正直、来年の今頃どうなっているか想像がつかない。
進路に悩むことだってあるだろうし、なにか壁にぶつかっているかもしれないし、そもそも今の関係が続いてるかも分からない。
「なんか疑問形じゃなーい!? もしやカナヅチか!?」
花火と水しぶきで彩られた獅子王さんはキラキラと輝いている。
「その、ちょっと驚いただけだから。泳げるよ」
「そっか! で、どーなのー!?」
「行けたら、いいね」
「だねー!」
……それでも今みたいにいられたと思っている自分もどこかにいる。
「よっしゃ! 水遊び終了! 最後にツーショ!」
獅子王さんが急接近してくる。
驚きはありつつも、今回は
一緒にピースをしてのスクリーンショットを二人で見る。
「おーいい感じー。これまた映え映えじゃん。エモー。ね、ウサボン」
「うん。映え映えで、エモいね」
離婚前もわりと距離は近かった気がするけど、やっぱり今の方が距離は近い気がする。
「っと、いけない。そろそろ時間がヤバいし、乙ろっか」
「そうだね。さすがに寝坊したらよくないし」
「お互い寝坊は許されぬ若き御身だからねー」
日付はとっくに変わっている。
ログアウトして寝ないといけないのに、なぜかお互い花火を見たまま動けずにいた。
と、突然俺たちの背後に巨大な影が海面からポップする。
現れたのはイベント会場限定仕様のドロップ率がアップしているアクアマリン・クラーケンスター。
「は? チャンスじゃん! FAでMVPゲットだし! ガチるしかないでしょ! ウサボン、タゲよろ!」
獅子王さんはすぐに水着装備を捨てて、戦闘用の装備に切り替えた。
「そうだね。了解」
俺も装備を切り替え、アクアマリン・クラーケンスターのタゲをとる。同時に湧き待ちしていたプレイヤーなども集まり始める。
それでもなるべく獅子王さんが攻撃しやすいように立ち回り、無事に総ダメージ量で1位で撃破。MVP権を得て優先的にドロップを入手できた。
「あ、出ちゃった」
「出ちゃったね」
そして、こういう時にレアアイテムは出たりする。
と言っても、AM・クラーケンスターダガーという短剣で、物理攻撃職向けの装備。
俺の爆走毛玉珍獣ウサボンバーさんはベルセルクで、残念ながら短剣は装備不可だ。
「ロジックコードにログだけ残しておこうか。大佐さんとか欲しいかもしれないし」
「だねー。いくらくらいになるかなー。ボスカード買えるかな? 楽しみだぜー」
宿題も、ネトゲの離婚問題も解決したと言っていいけど。
夏休みに関わる最後のやり残しがネトゲの期間限定イベントで、レアアイテム入手で終わるっていうのは、今までの俺たちらしいと思った。
明日……あ、いや今日か。新しい目標を達成できるように頑張っていこう。
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