第9話 声を聞けばだいたい分かるものだぜ
店頭には無骨なバイクが置かれ、店内にはなぜか特攻服や段幕や
しかし、女性店員の先輩たちは洋風や和風のフリル盛りだくさんのエプロンドレスを着こなし、唯一の男性店員である俺も執事服を着ている。
コンセプトが定まっていないカオスなお店だけど、女性客を中心にほどほどに賑わっている。
獅子王さんが言っていたようにイカスタ映えするメニューが多いし、純粋にコーヒーも料理も美味しいからなんだと思う。
そして本日、獅子王さんがご来店なされるわけですが、俺はうまく接客できるんでしょうか。
夏休みから始めてそれなりに慣れたけど、お客さんとのちょっとした世間話もまだ無理だし、突発的なトラブル対応もフリーズしがち。
マスターの
友達が来店した際の接客マニュアルなんて存在するわけもなく。
こんなことまで鷹城さんや先輩に聞くわけにもいかないし、と来店を告げるベルが鳴った。
「いらっしゃいませ」
しかし、なぜか獅子王さんは入り口で立ち止まり、首を傾げた。難しい顔をして店内を見回し始める。
もしかして知り合いでもいるのかな?
先輩たちは接客中だったり、キッチンに引っ込んでたりで忙しそうだ。
運がいいのだろうかと思いつつ、獅子王さんの応対をする。
……この場合、マニュアル通りが正解だよな?
だけど、鷹城さんや先輩たちは常連や顔見知りにあまり敬語を使っていなかった気が。ゆるい雰囲気で接客をしていたような……。
とはいえ、俺が鷹城さんみたいに「いらっしゃい。元気にしてた?」なんてクールな挨拶を吐けるわけがない。
そうだ。とにかく挨拶をしなければ。
「あの――」
どうにか小声で話しかけたようとしたけど。
「その声! やっぱり兎野君じゃん!」
獅子王さんが俺の声をかき消すほどの大声をあげてしまった。当然、店内の注目を集めてしまう。
まずい。どうにかしないと……!
「あ! すみません! お騒がせしました!」
獅子王さんがすぐに頭を下げて謝った。顔を上げた時には愛嬌のある笑みで場を和ませてもみせた。
恐るべしスマイルパワー……。俺には出せない技だ。
「いらっしゃいませ。店内での飲食、テイクアウトもご利用できますが、本日はどちらをご希望でしょうか?」
感心している暇はない。
獅子王さんを立ちっぱなしにさせるわけにいかないのだから。
「そーだなー。ここはやっぱり店内でお願いしまーす」
「かしこまりました。席にご案内します。こちらにどうぞ」
妙に楽しそうな獅子王さんの視線を背に感じながら、隅の座席に案内する。
「こちらメニューです。決まりましたらお呼びください」
やっぱり俺の方からアドリブで世間話なんて早すぎる。
ここは一時退却だと思っている間に、獅子王さんがお冷やを一気に飲み干した。
「兎野君って目悪かったの? 実はメガネ男子だった?」
退却する前に逃げ場を封じられてしまった。
獅子王さんが組んだ手に顎を乗せ、じっと見つめてくる。
アニメでよくある上司や上官が主人公に威圧的に質問攻めをするシーンみたいだ。
今は……特に応対が必要なお客さんもいなそうだし、少しくらいなら話してもいいのかな? いや、でも給料を頂いてる分他の業務をこなさないと――。
「恐れるな――行け――」
背をポンと叩かれ、振り返る。
新人研修の指導をしてくれたフロアチーフである
伝わりにくいけど、鮫之宮先輩的に話していいぞって意味だ。
背を押してもらえたし、少し話してみる覚悟が決まった。
「これは、伊達メガネだよ。マスターの提案でさ。意識作りの一環だって」
「なるほどー。前髪を留めてるヘアピンも?」
「飲食業だしね。清潔感は大事だから。確かにレンズを一つ挟ませて、見た目を変えればどうにか話せるようになったんだ。事務的な定型文限定だけどね」
学園の時と違って、前髪をヘアピンで留めてるせいで素顔が丸見えだ。それでも伊達メガネで威圧的な顔つきも多少は中和されている。
失礼な言い方になってしまうけど、この店名と内装で来店するお客さんは個人的に強の者だと思っている。
最初面接を受けに来た時に、本当にこの場所で合っているのか十分ほど右往左往してしまったし。
中にはコスプレをして来店する人もいるくらいだ。
マスター公認の設定である無口クール不器用コミュ症を疑われたり、あからさまに怖がられたりしたことはまだない。
クール以外は何一つ間違ってはいないんだけども。
「……だけどまあ、接客できる一番の理由はうちの生徒が来ないから、かな。学園から遠いし、中々立ち寄ろうとは思えない雰囲気だし」
同世代の、同じ学園に通っている生徒と顔を合わせないという事実だけでも、俺にとっては精神的に落ち着くらしい。
仮に来店しても俺だとは思わないだろうし。
「確かにねえ。うちの生徒っていいところのお嬢様やお坊ちゃまがけっこーいるしね。オリジナリティ溢れるカオスに挑めるガッツを持ってる子は中々いないねえー」
「獅子王さんがその筆頭やないかーい」……と、こういう時にツッコんで和気あいあいな雰囲気を作れればいいんだろうけど、俺には無理なので頷く。
「しかし、メガネにヘアピンに執事服。学園の外で見せるもう一つの顔。マンガやアニメでありそうな設定。刺さる人には刺さるコスだね。最初、兎野君とは思わなかったし。めっちゃ似合ってかっこいいじゃん」
「……ありがとう。マスターが指導してくれたおかげだね。あれ? でも、すぐに分かったよね?」
「そりゃ兎野君の声はいつもボイチャで聞いてるし。だから、最初声と見た目が合わなくて、脳がバグって混乱しちゃったんだけどさ。男子は兎野君一人だし、もしかして女装か!? と思っちゃったくらいだし」
確かに〈GoF〉での声設定は声優モードでもないし、地声の加工もしていない。素の声で話している。
何度も聞いてれば、分かるものなのかもしれないけど。
学園や〈GoF〉で獅子王さんの声を聞いてきた俺の方は、リアルで身バレした時に初めてレオだと気がついたくらいだ。
「凄いな、獅子王さんは。声で判別できるなんて」
「そんな褒められても私の胃袋に入る分しか頼まないぜー」
獅子王さんは照れ笑いをしつつ、スマホで口元を隠した。
「で、長話で引き留めて申し訳ないんだけどさ。最後に……兎野君のことさ。記念に撮ってもいい?」
「え? それは……どうなんだろう」
店員の撮影はNGってマニュアルあったっけ? そもそも俺なんか撮って意味があるんだろうか?
「大丈夫! イカスタやタコッターにはあげないから! あたしだけのメモリーにするだけから! これもリアルコミュニュケーション向上計画の一環だから! ちょっとパシャパシャするだけだから!」
獅子王さんが荒い息をしながらさらに願いしてくる。
う、と声がもれる。
そういう風に言われてしまうと断り切れないのが俺なのだ。
鮫之宮先輩に頼りすぎるのも申し訳ないし。
「真白君が女子と楽しくキャッキャッウフフと世間話してる、だと」
「うわっ!? マスター!?」
俺と獅子王さんの間に凛とした顔立ちの女性――鷹城さんが割って入ってきた。びっくりした。
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