第10話 撮影料はプライスレス

「マスターさんなんですね。初めまして。兎野君のクラスメイトの獅子王レオナです」


 驚く俺と違って獅子王さんは即座に挨拶をしてのけた。

 恐るべき対応力の速さだ。


「これはご丁寧にどうも。武琉姫璃威ヴァルキリーの主である鷹城ベルだ……」


 鷹城さんがいつものクールな笑みを消し、わざとらしく真顔で驚愕する。


「真白君がクラスメイトの美少女を連れてきた、だと……!?」

「やだなーマスター! 美少女だなんて! そんなことないですってー! せいぜいただの女子高生の人間ですよー!」


 獅子王さんは獅子王さんで物怖じせず笑っているし。


「獅子王さんと言ったね。謙遜する必要はない。君は素晴らしい逸材だ。そう、どんな服をも支配できる才のね」

「なんと! わ、私にそんな才があったんですか……!」

「ああ。私の秘蔵の宝物庫を解き放つ時がきたのかもしれない」

「秘蔵の宝物庫ですか……! テンアゲ爆アゲですね……!」


 獅子王さんと鷹城さんがもう打ち解けてしまった。

 俺なんて幼い頃から知っていたから、なんとか話せるレベルなのに。


「テンアゲ爆アゲバイブスアンストッパブルだろう。どうだろう。ぜひ今度、試着の儀式の開催を」

「あの、マスター。ちょっと落ち着いてください」


 このままいくと大事になりそうだったので止めに入る。


「おっと。私としたことがつい取り乱してしまった。すまないね。真白君に友達が……しかも、こんな美少女が会いに来てくれた事実が嬉しすぎて」


 演技じみているけど、本当にそう思っているのは分かる。そういう人だから。


「聞きたいことは山ほどあるが……今日はこの辺にしておこう。獅子王さんにも迷惑をかけたね。今日は真白君の友達ご来店記念日ということで私の奢りだ。好きなものを頼むといい」

「え!? いえいえ! そんな悪いですよ! ちゃんとお支払いします!」

「そう謙遜しないでくれ。重ねてお願いしよう。ここは私の感謝を受け取って欲しい」

「えっとじゃあ。料理ではなくてですね。撮影の許可をいただけますか?」


 ……今さら気づいたけど。獅子王さん、敬語で話してるな。


 名家のお嬢様だし、適切に切り替えられるんだろうけど。場の空気に合わせて、自然にできるように身についてる感じだ。


「いいだろう。それくらいは安い物だ。真白君の肖像権の一つや二つ」

「あの、マスター? 勝手に売らないでください」

「彼女が悪用するとでも思っているのかい?」

「いえ、そうは思いませんけど」

「友達と写真を撮るなんて普通のことだろう? 武流姫璃威の主である私の許可は得た。思う存分撮るがいいさ。では、失礼するよ」


 鷹城さんは言うだけ言ってカウンターに戻ってしまった。

 そう言われてしまうと俺に否定する材料がなくなってしまう。


 友達と写真を撮るなんていつ以来だろう。


 友達というか、中学校の卒業写真とか郷明学園の入学時の集合写真とかしか思い浮かばない。


 ……灰色の思い出ばかりだなあ。


「やっぱりダメかな? 本当に嫌ならやめるよ?」


 獅子王さん、その言い方はずるいよ。

 俺個人の意思では断る気が最初からなかったと思うけども。


「嫌じゃないよ。ただこういう個人的な撮影は慣れてなくて。勝手が分からないんだ」

「そっか。じゃあ、ちょっぱやで終わらせちゃおう。ちょうど隅っこだし、壁を背にして立ってもらって……姿勢は自然な立ち姿でいいよ」

「分かった。こう、かな?」


 獅子王さんの指示どおりに動く。


 壁を背にするので店内にいる人たちにも見られてしまうわけだけど、見て見ぬ振りをしてくれている。


「いいねー。様になってるよ。ふっふっふっ。大丈夫、天井の染みを数えてればすぐに終わるぜ」


 ……それは悪人が言う台詞では?

 獅子王さんはスマホの撮影ボタンを押し、宣言どおり俊敏な動きで撮影を終えてくれた。


「ね、すぐ終わったでしょ? ごめんね、仕事の邪魔しちゃって」

「気にしないで平気だよ。その分、しっかり注文して売り上げに貢献してくれれば問題ないから」


 俺も流れに合わせて、〈GoF〉のノリでちょっと強きな発言をしてみたけどどうだろうか?


「確かに確かにその通りだ。じゃあ、最後に!」


 あっさり受け入れられてしまったと思いきや、獅子王さんが俺の横に並んだ。さらに身体を抱き寄せ、スマホを掲げる。


 パシャリとシャッターボタンが押され、驚く俺と笑う獅子王さんが映し出されていた。


「うわっ! ぶれぶれすぎ! ウケる! 補正が大変だなーこれ。ね、兎野君?」

「そ、そうだね?」


 一瞬で心臓の鼓動が強くなった。


 友達との撮影でこんなにドキドキするなんて、世の中の人たちの心臓は化け物揃いか。凄いな。


 俺なんかじゃ獅子王さんには一生敵わなそうだ。


「ごちそうさまでした。私の心は満腹です。ありがとうね、兎野君。じゃあ、次はお腹の方を満たして、お店に貢献しないとね」


 獅子王さんは平然と席に座り直し、メニュー表を見る。


「よろしくお願いします。当店のメニュー名は特殊だから気をつけてね」

「おっふ。これは呪文やお経の類いかな?」


 獅子王さんが驚きのあまり変な声をあげた。

 店名の武流姫璃威から予想できるようにメニュー名は全て漢字の羅列なのである。


 しかも軽食は食パンを一斤使い、中心部をくりぬいて色々な具材を入れたボリューミーなメニューが多い。というか全部のメニューの量が多めだ。


「かっこ内に翻訳された説明文があるから参考にしてください。分からない場合は説明しますので」


 鷹城さんは職人気質だけど、変人だ。これが精一杯の妥協案らしい。俺も覚えるのに苦労した。


「りょ。じゃーあー……そーだなー……。うん、決めた。印負重留濃塗御素斗インフェルノトーストセットで特選微糖珈琲牛乳のアイスと小倉愛州富流宇津オグラアイスフルーツ盛り合わせくださーい!」


 獅子王さんは数秒で適応してみせた。


「印負重留濃塗御素斗セットで特選微糖珈琲牛乳アイス、小倉愛州富流宇津盛り合わせですね……量、結構あるけど大丈夫?」

「よゆーよゆー。三時のおやつタイムは別腹ですから」


 獅子王さんはケロッと笑って言った。


 17時を回ってるけど、おやつロスタイムは適応されるんだろうか。でも、こちらがしつこく言うわけにもいかないよな。


「かしこまりました。少々お待ちください」

「はーい。待ってまーす」


 獅子王さんはそれ以降学園の時と同じように静かに俺を観察し、


「ごちそうさまでした。もう思い残すことはありませんわ。とっても美味しかったですってマスターにも伝えておいてね。じゃ、兎野君。また後でねーバイバーイ」


 そう言って何ごともなかったように帰っていった。

 本当に来たかっただけなのかな。


 初めて友達がバイト先に来たけど、変な行動やミスはしなかったはずだ。


 しかし、一食分は余裕であるメニューを、獅子王さんは綺麗に食べきってくれたけど。

 やっぱり夕飯食べられるのか心配だなあ……。


 と、いけないいけない。獅子王さんがいなくなったからといって、気を抜くのはダメだ。後片付けもして引き続き仕事に励まなければ。

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