第8話 あいさつスキルレベル1
昨日と違って学園に向かう足取りは軽い。
相変わらず暑いけども。
獅子王さんはリアルで俺のコミュ力向上の手伝いをしてくれるって言ってくれたけど、具体的に何をする気なんだろう?
俺には想像もつかない。
でも、あくまで獅子王さんは協力してくれるだけ。
まずは自分から行動しなければ意味がないってことを忘れずにいこう。
昨日のピンチを乗り越えた俺ならできるはずだ。
よし! 最初はクラスメイトのみんなに挨拶をしてみよう!
新学期二日目ならまだ夏休み明けのノリで返してくれるかもしれないしな!
自分のクラスである1年A組の教室に近づくと、先に登校しているみんなの声が聞こえてくる。
恐れずに進み、教室の中に入って挨拶を!
「ぉ……」
かすれた声しか出なかった。
何人かは俺の存在に気がついたみたいだけど、なにごともなかったように他のクラスメイトと話を再開した。
素早く窓際の自分の席に座り、頭を抱える。
ダメでした。
おはよう、ってこんな重い挨拶だっけ? たった四文字なんだけど? 家族には気軽に言えるし。バイトでも克服できたし。〈GoF〉でもおはーからこんにおつまでの基本挨拶は言えるようになったのだけれど。
対象が同級生になるだけでこんなにもハードルが上がるなんて難易度高すぎだ。
まあ、覚悟を決めて簡単に挨拶できるのなら、とっくにやれているわけで……?
なんだろう? 妙な視線を感じる……って、獅子王さんがめっちゃ見てる!?
正しくは自分の席で仲の良い女友達の
なんで挨拶しないの? とでも言いたげだ。
確かに獅子王さんくらいには挨拶すべきだよな。でも、突然俺が挨拶してきたら他の人が怖がるだろうし。
それになりよりも……昨日のことだ。
冷静になって思い返してみたけど、「これからも俺と一緒に〈GoF〉で遊んでくれないかな?」に関する一連の行動で相当な精神的ダメージを負ってしまった。
どこの少女マンガのヒーローだ。俺のキャラじゃないのに……。
勢いで押し切れるのはネトゲのいいところではあるけど、リアルの知り合いだとまた違ってくるのだと学んだ。
登校するまでは頑張って前向きにいこうと思い込み、心の奥底に封印してきた。
しかし、獅子王さんを見て簡単に崩壊してしまった。脆すぎるよ、俺の心の封印。
今の状態で獅子王さんと直接話すのは厳しい。
あ、そうだ。
スマホを取り出し、ロジックコードで獅子王さんに個人メッセージを送る。
『おはよう。どうかした?』
端末を通してなら簡単にできるのにな。
獅子王さんが俺のコールに気がついたのか、スマホを見てくれた。
「レオにゃん、どしたの?」
小柄な豹堂院さんがその動きにすぐに反応した。
獅子王さんがどんな返事をするのか気になり、つい様子を観察……なるべく目を合わせないようにして。
「んー、ちょっとねー」
「ちょっとー? レオにゃんがあいまいにごまかすなんて、あ、や、し、いー。あ。まさかまさかのまさか? 初の彼ピできちゃった? 一夏の思い出作っちゃった系?」
キャーと頬に手を当てて悶える豹堂院さんと違って、長い黒髪が目を引く虎雅さんは顔色も変えずに口を開いた。
「……マジか。レオナに彼氏? いつの間に。気づかんかった」
教室の空気が凍り付いた。冷房はまだ稼働してないはずなのに方々から寒気が発生している。
「ないない。勉強に遊びにバイトでそんな暇なかったじゃん。二人が一番知ってるでしょーが。っていうかさ。夏休みの彼氏ポジは君たちだったんだぜ、って気づかなかったのかね?」
「謎の上から目線ですなー。なのにレオにゃんのガルフレムーブに満足してしまっていた乙女なシズコがいるよー。だから、甘えちゃおー」
「よーしよーし。シズぽよ、いい子いい子」
獅子王さんのカラッとした笑い声に、豹堂院さんとじゃれ合う姿のおかげで、教室はすぐに熱気を取り戻した。
「まーでも。あえて言うならー……そだ。秘密の協力者的な出会いはあったかも?」
「秘密の協力者? なに? 今はスパイマンガブームなの?」
「あ! 今はスパイ系も熱いよねー! テンション上がるー! 結ばれぬ敵対関係、殺し愛。だけど、ラストはお互いに名前だけを殺して、新天地で密かに暮らすってのもイイ……」
「ダメだこいつ。話す気ゼロだ」
呆れた虎雅さんに釣られ、教室の空気はどんよりとした曇り模様になってしまった。湿気が凄い。
……だけど、それだけ獅子王さんは人気者で。みんなに注目されてるってことなんだよな。
それを苦にせず、自分の趣味を隠さず、自然体でいられるのは凄いと思う。
と、返信がきた。
『ナンデモナイヨ?』
どう見てもなんかある返信だった。
相変わらずこっちを見てるし、この場合の適切な解決方法を俺は知らない。
……とりえあえずちょっとだけ窓の外に視線をずらしことをお許しください。
他の人から見れば俺を貫通して、窓の外の青い空でも見てると思い込むだろうから勘ぐられる心配もない。
その後も獅子王さんは休み時間も昼休みも……トイレに向かう途中までも俺のことを観察してくる。
じっと見るだけで、話しかけることはない。
まるで倒せなかったボスを攻略をするために、何度も戦闘動画を確認するような感じだ。
俺はせいぜい一般モンスタークラスだと思うけれど、なにか分析中なのかな。
確かに昨日、プランを練るとか言ってたし。
結局、新学期二日目も何ごともなく終わった。今までと何も変わらない学園生活だった。
誰ともどころか、獅子王さんとさえ一言も話せなかった。
やっぱり、そう簡単にはいかないよなあ……。
落ち込んでる場合じゃない。今日はバイトの日だし、急がないと。
獅子王さんにはバイトの後にでも連絡してみよう。
と、誰かから連絡がきたみたいだ。
もしかして獅子王さんかなと思い、スマホを取り出して本人を確認。
碧い瞳と目が合った。
やっぱりまだ俺を観察中だった。
スマホを確認するとロジックコードで、獅子王さんから個人メッセージだ。
『今日も〈GoF〉にインできる?』
『バイトがあるから十一時くらいなら大丈夫だよ』
『え? ウサボンバイトしてたの!? って、そういえば前に教えてくれたっけ。どこどこ?』
……まあ、獅子王さんならバイト先を教えても問題ないよな。
『
『武琉姫璃威!? 最近イカスタで噂のお店じゃん! ね、行っていってもいいかな?』
「は?」
思わず声が出てしまった。
獅子王さんが俺のバイト先に来る?
それはどんな時限イベントだ。
どうしよう。
許可する? 断る? いや、そもそも来店の是非を俺個人が決める権利なんてないし? どうやって返信文を構築すれば?
『ごめん! ちょっとがっつきすぎたよね! 今のはなしで! めんご!』
俺が悩んでいる間に、獅子王さんが先に答えを出してくれた。
すぐに俺の心を察して、解決策を出してくれる優しい人だ。
まただ。
……このままでいいのかな、俺。
昨日の今日で。
獅子王さんに一言も話しかけないで帰って、返事も相手に任せっきりで。
さすがに昨日の恥ずかしさも薄れてきている。
顔を上げる。
まだ虎雅さんや豹堂さんたちと話しているけど、立ち向かおう。
「獅子王さん。先に行くけど。待ってるから。さよなら」
「え? う、うん」
獅子王さんを見てどうにか言い切って、そのまま教室を去る。
顔が熱い。
自分でもなんて言ったのかもう覚えてない。
とりあえずロジックコードでちゃんと伝えておこう。
『全然気にしてないから来て大丈夫だよ。道は分かる?』
『りょ! 私は方向音痴じゃないから心配ご無用! それに手元には頼りになる便利なナビゲーションアイテムがあるからね! では、現地で会おう! 同志よ!』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます