第5話 もう一度〈GoF〉で
獅子王さんとの約束の時間が迫り、〈GoF〉にログインする。
本当は余裕を持ってログインするつもりだったけど、話す内容がまとまらないせいでギリギリの時間になってしまった。
結局話す内容はまとまってないし、夕飯の味もほとんどしなかったというか、なに食べたんだっけ……。
とにかく待ち合わせ場所のルーカンカン広場に転移しておこう。
ランドマークの時計塔ビッグカンカンを中心に広がる欧風の街並みに一息つく。
リアルには存在しない多種多様な種族が楽しそうに行き交っている。
〈Garden Of Fantasia〉――幻想の庭園で貴方だけの理想郷を創ろうがうたい文句のVRMMOだ。
〈GoF〉は意識をネットに没入させるタイプのVRMMOで、リアルの自分を動かす感覚でキャラクターが反応してくれる。
王道の冒険要素から対人戦。家の内装、服飾、農園などの箱庭要素。リアルでできることはだいたいできる。
むしろキャラメイクも自分の理想を追求できる分、ある意味では上回っているのかもしれない。
俺もビスタリアという種族のラビット族――獣人ってやつである。
2ndキャラであるローリングアンゴラは、小柄なモジャモジャ白毛に垂れたウサミミがトレードマークだ。
回復職であるビショップのイメージを壊さないように、ほんわかしたイメージで作った。
キャラメイクで初プレイが終わった人は数え切れないし、人によってはキャラメイクだけで延々遊ぶ玄人もいるらしい。
その気持ちはよく分かる。
体型、髪型、顔立ち、肌や瞳の色、種族、さらに声までも運営が設定した範囲なら好きに変更ができる。
プレイ中は自分の姿を見られないけど、録画モードにしておけば後で鑑賞できる。
だからこそ妥協はしたくない人が多い。
……もちろん公序良俗の範囲内の動きしか許されてないので、一線を越えようとすれば即待機モーションに強制移行される安心設計だ。
度が過ぎれば反省部屋という名の運営専用の監獄ルームに飛ばされ、アカウント停止の永久追放される場合もある。
VRMMOは個人情報IDと連携が必須なので、一度アカウント停止されれば復帰は不可能だ。
「――ボン?」
人とAIでの24時間体制の監視のおかげで、〈GoF〉では悪質プレイヤーはそれほど見ない。
それほどだから完全にいないわけじゃない。
不特定多数の人たちが遊ぶゲームなので、0にすることは難しいんだろう。
それでも〈GoF〉の運営はちゃんと対応している方だと思う。
そう思えるのは俺がそういうプレイヤーに遭遇したことがなく、出会いに恵まれたからかもしれないけど。
レオもその一人だ。
俺にとっては友達で、相棒で――。
「ウサボン? ウサボンさんやーい? もしかして寝落ち? リアル用事中?」
赤い魔女帽子を被ったダークエルフのキャラが、目の前で手をぶんぶんと振っていた。
「って、レオっ!? あれ? もう9時になってた!?」
「や。まだ8時55分だけど。ウサボン、声大きいから。個チャに替えよ?」
「ご、ごめん」
慌てて個人専用チャットでレオを選択し、俺の声が彼女にだけ聞こえるようにする。
LeoLeo777――獅子王さんのキャラクターであるダークエルフのウォーロック。
「謝らないでいいし。なんか用事中だった?」
「用事じゃなくて……ちょっと考え事を」
「あ。そっか。もう、平気?」
獅子王さんは俺の考えを察したようで深くは追求してはこなかった。
心配させてしまうのも悪いし、すぐに答えないと。
「平気だよ。それで話なんだけど……静かなところで話した方がいいよね?」
「だねー。近場の宿屋でいい?」
「うん。問題ないよ」
俺と獅子王さんは宿屋に向かい、受付NPCで手続きを済まし、会話専用ルームに転移した。
リアルの宿屋と同じように部屋に泊まることも可能だけど、他人の目を気にせず話をしたい時などはこうして会話専用ルームが利用できる。
宿屋の部屋と違ってベッドはない。
テーブルに椅子と、ちょっとした花瓶や絵画あるだけの質素な部屋だ。
お互いに椅子に座り、向かい合い、黙ってしまった。
完全に外の音はシャットダウンされており、無音だ。BGMを流す雰囲気でもない。
……なに、話せばいいんだろ。
ここに来てもまだ話す内容が決まっていないなんて我ながら情けない。
いや、根本的なテーマは決まっているんだ。
俺と獅子王さんの離婚話。
で、俺はなにを聞きたい? なにを伝えたい?
リアルでも変わらず明るかった獅子王さんでさえ、言葉を選んで悩んでいる様子だ。
自分から離婚話を切り出し、手続きもすませてしまった以上、話しづらいのは当然だ。
ただ学園の屋上で叫んでいた内容は俺に対する恨み言もあったけど、期待の裏返しのようにも感じられた。後悔だってしているようだった。
ドラさんやちょこさんの言葉を思い返す。
変に飾る必要はないよな。
俺が素直に、一番言いたいことを伝えよう。
「ごめん」
だから、俺も最初に頭を下げた。
「あ……うん。やっぱりそうだよね。一方的な離婚話突きつけた奴と話すことなんてないよね」
「違うよ。今のごめんは、ちゃんと……レオの話を聞いてあげなかったことに対してだよ。あの時はあまりに突然で驚いて。返事もそっけなくなっちゃったから。だから、その」
震える心を抑えつけ、声を絞り出す。
「ネトゲの離婚で理由をしつこく聞くのはよくないけどさ。もし話してくれるなら聞きたいんだ。レオがどうして離婚したかったのか」
どうにか最後まで言い切れた。
仮想の身体のはずなのにやけに重く感じる。それだけ精神的に負荷があったんだろう。
もしかしたら俺に非があるかもしれないし。
それを直接本人から聞かされたら数日は寝込む自信がある。
……こういう後ろ向きさが、獅子王さんには苦しかったのかもしれない。
「ほんとウサボンはお人好しだよね」
俺の予想に反して獅子王さんは微笑んだ。
でも、どこか物悲しげだ。
「うん。ここまで巻き込んじゃったし、リアルでもクラスメイトの顔見知りだし。問題ないよね」
獅子王さんは魔女帽子を少し前に倒して、目深く被り直した。
「ね、逆に聞くけどさ。どうしてウサボンと結婚したと思う?」
「えっと……そういう風に聞くってことは、思いつきのノリってだけじゃないよね」
ちゃんとした理由があるんだろうけど、思い当たる節がない。
「……まあー、ね? だいたいあってるんだけどさ」
獅子王さんが目をそらした。
だいたいあっていたらしい。
「ごめん。他には……すぐに思いつきそうにない、かな」
〈GoF〉で出会って半年ちょっと、結婚して数ヶ月の相棒生活をしてきたのに察しが悪くて申し訳なくなる。
「ううん。大事な部分は話したことがないしさ。分かんなくてとーぜんだし」
獅子王さんが深呼吸して、口を開く。
「……私のパパとママって本当にお互いに好きで結婚したのかなって思ってさ。私の家のことって知ってる?」
「凄い大企業だってことくらいは」
「うん。IT関連の事業を手広くやってて、〈GoF〉の開発にも関わってるんだ。おかげでパパはほとんど家に帰ってこない」
思ったよりもリアルの話だ。
「別に私のことはいいんだ。でもママのことまで放っておいてさ。もう何年も結婚記念日でさえすっぽかしてる。ママもママでさ。パパは私たちやみんなのために頑張ってるだけだから、って笑うだけで怒りもしない」
獅子王さんが話すほど縮こまっていく。こんな寂しそうな姿はレオの時でさえ初めて見る。
「私だって分かってるつもりだよ? パパとママは仲良しだし、毎年誕生日プレゼントを送ってくれるし。でも、本当にそれが愛してる、好きってことなのか分からなくなっちゃって」
「……だから、ネトゲの軽いノリでできる結婚システムを利用して、少しでも分かりたいって思った?」
「さすがウサボン。よく分かってる。私が〈GoF〉を始めたのもパパがどんなゲームに、私たちより時間を割いたのか知りたくなってさ」
儚げな笑みが痛々しく映る。
〈GoF〉の表情再現度の高さを少し怖くなった。
「八月三十日がパパとママの結婚記念日なんだ。けど、今年もやっぱりパパは家にいなかった。ママはいつもどおり手料理を準備して、毎年私と一緒に食べるだけ。だから八つ当たりしちゃったんだ、ウサボンに。同時に勝手に期待しちゃってた。ウサボンなら離婚したくないって言ってくれると思って」
獅子王さんは両親のことが大好きなのだと分かった。
大好きすぎるからこそ、行動が大胆なものになってしまったんだろう。
少しは獅子王さんの気持ちが分かる。
俺も昔、母さんとの関係をこじらせたことがあるから。
「はあー……ほんとさ。ひどい奴でしょ、私って。ウサボンを利用してただけ。人としてダメだよね」
「そう……かな」
自分で気づいた時にはそう呟いていた。
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