第4話 ホットでクールな青春フレーバー

「それに校舎内って言っても暑いし、お互いに冷静になれてない部分もあるだろうし。お互い快適空間ならもっと落ち着いて、冷静に話せるだろうし」


 思い切って言い出したはいいけど、似たようなことを繰り返してるような。

 慣れないことをしたせいで動揺が抑えきれないでいる。 


「うん……うん。兎野君のいうとおりだよね。お互いに、冷静にならなきゃね」


 獅子王さんも察したらしく、ゆったりとした口調でくすりと笑われてしまった。


「私も〈GoF〉でもう一度。兎野君とちゃんと話したいな」


 自分のことより獅子王さんが了承してくれたことにホッと胸をなで下ろす。


「ありがとう、獅子王さん。強引気味に誘っちゃってごめんね」

「謝らないでいいし。考えてみたら昨日はろくに眠れなかったし」

「え。獅子王さん、大丈夫?」


 この猛暑日に睡眠不足は天敵だ。いくら生活環境が整っていても、眠れなければ意味がない。


 俺もあまり眠れなかったけど、まだ相手を気遣う余裕はある。


「だいじょーぶ。だいじょーぶであーる。迎えに来てくれるって連絡きてるからさ」


 獅子王さんが手を振ってへらっと笑う。

 ならよかった。さすがお嬢様。


 ……迎えが来るまで一緒に待ってあげた方がいいかな。


「へへ。心配してくれてありがと。帰って軽く寝るしー……じゃあ9時頃でいい?」

「うん。9時頃にルーカンカン広場でいい?」

「オッケー! ルーカンカン広場ね、っと!」


 獅子王さんが立ち上がって、スカートを整え始めた。

 反射的に獅子王さんと反対方向を向き、タオルを片づけて立ち上がる。


「こうやって並んでみるとさー。やっぱり兎野君って大きいよねー」


 獅子王さんが自分と比べてうなる。


 獅子王さんも女子にしては高いはずだけど、160センチ後半はあるかな?


 ただ180センチ……そういえば、また伸びたっけ。まだまだ成長期らしい俺からすると、小さく見える。


「……名前に似合わない大きさだよね」


 思わず背を丸めて、視線を落としてしまう。


「え? そんなことないよ。ザ・兎野真白ましろって感じだよ! うん! 兎野真白ここにあり!」


 そんな俺を獅子王さんが満面の笑みでのぞき込んできた。

 俺と違ってキラキラして眩しい。


「それにさ。ほら兎野君、下に下りて」

「えっと? 分かったよ」


 獅子王さんに言われるがままに階段を下りる。


「ストーップ!」

「はい!?」


 しかし、すぐに呼び止められた。


「ほら! こーすれば私の方が大きいし! 頭が高いぞ!」

「そ、そうだね」


 獅子王さんは腰に手を当ててふんぞり返っている。

 おかげでスカートから伸びる健康的な足が眩しく、目のやり場に困ってしまう。


 けれど、獅子王さんなりに励ましてくれたんだろうと思うと、目をそらすのも失礼では?


 俺が悶々と悩む間に獅子王さんが駆け下り、背中を叩いてから追い越していった。


「うーん! たくさん話して、暑いし、喉渇いたし! 自販機でなにか買って水分補給してから解散しよ! ほら! 兎野君もカモン! このハイパー熱気じゃ自販機も売り切れかもしれないし! 自販機フェス開催だよ! 急ごー!」

「うん。でも階段を駆け下りるのは危ないよ」


 慌てず階段を下りて獅子王さんに追いつき、並んで歩く。


「りょ! あ、兎野君って夏はエナドリ、スポドリ、ジュース、炭酸、コーヒー、麦茶、紅茶、緑茶、エトセトラー……どれ派? 私はその日の気分派エンジョイ勢だけどー」

「俺はだいたい麦茶とコーヒーかなあ。たまに炭酸水も飲むけど」

「健康的で硬派だねえ。それもまたよしっ」


 自販機売り場に辿り着くと、獅子王さんはうんうんと悩み始める。


「兎野君、もう決まってるなら先買っていいよ。私は脳内の今日の気分会議が暴力沙汰に発展してしまってまだかかりそうだから。むむむ」

「じゃあ、お先に」


 予想以上に汗もかいてしまったし、健康的で硬派の証である麦茶にしよう。

 ペットボトルの麦茶を取ると、すぐに受け取り口に新たな飲み物が落ちてきた。


 ……なんでHOTLEMON?


 驚きのあまりローマ字で連想してしまった。

 獅子王さんはためらいなくホットレモンをとり、キャップを開けてゴクリと飲んだ。


「くぅー! このウザ暑さに勝つためには、熱い刺激でテンション爆アゲに限るよね!」


 まだ暑い夏に相応しい爽やかな笑顔だけど、手に持ったホットレモンの主張の方が強い。

 とても楽しそうだし、これもまた俺が知らない夏の楽しみ方なのだろう。


「そ、そうだね」


 俺にはそんな冒険心はないので、冷たい麦茶を飲む。

 冷たさが身体全体に広がって爽快だ。


 と、なぜか獅子王さんが凄い目で見てくる。


 ……もしかして相手がホットレモンを買った時は、あったかい飲み物を買うのが今時の高校生のノリなの? 俺も夏にあったかい飲み物デビューする時?


 あれ? 先に買ったのは俺の方だよね? 暑さのせいで俺の頭もおかしくなってしまったのか?


「まあでも? クールに身体を冷やすのがセオリーだよねー」


 獅子王さんがもう一本冷たいスポーツドリンクを買った。

 あっという間にペットボトル中身が半分まで減り、獅子王さんのクールダウンが完了した。


「くぅー! やっぱりウザ暑い日はキンキンに冷えた飲み物に限るよね! ホットレモン買うとかないわー! ね、兎野君!」

「そう、だね?」


 としか答えようがなかった。


「そうそう! あれ? いやでも待って兎野君」


 獅子王さんはまたホットレモンを飲み、次にスポーツドリンクを飲みを数回繰り返した。


「ホットレモンを飲んだことで、スポドリの満足感と爽快感が増してる気がする! 新発見じゃない!?」

「そう、かも?」


 としか返事できなかった。


「だよね! 私天才か!? 名付けて……えっと、うーむ。ハッ! いわばホットでクールな青春フレーバー! みんなにも今度教えてあげよ!」


 楽しそうなのは変わらない。


 表情がころころと変わって、ついこちらも笑ってしまう。

 その場のノリで冒険したがるのはレオと同じだ。


 突然、低確率の成功率しかない装備の強化やエンチャントをし始める時みたいな。

 だいたい爆死してるけど。


 やっぱり獅子王さんは俺が〈GoF〉で一緒に遊んでいたレオなんだと改めて分かった。

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