第6話 手を差しのべてくれたから

「ウサボン?」


 戸惑う獅子王さんを見ても言葉は止まらない。


「俺も……実はさ。レオを利用ってわけじゃないけど、練習相手みたいに見てた節はあるし」

「え? そう、なの?」

「俺が〈GoF〉を始めたの理由ってさ。リアルで他人とうまくコミュニケーションとれるようにって思ったからなんだ。まあ、その。今の学校生活を見てれば察しがつくけどさ。効果ゼロなんだけどね。最初にレオに声をかけた時のこと覚えてる?」


 あれは郷明きょうめい学園に合格したはいいけど、高校で友達ができるビジョンが一切浮かばなかった時。


〈GoF〉で新しい知り合いを作れるよう自分にミッションを課し、2ndキャラであるローリングアンゴラが誕生した日だ。


「あー……あー……あれのことですかな? 私が操作法を全く分からなくてこんなクソゲーやめてやる! って叫んでた黒歴史のことですかな?」


 ……獅子王さんはそんな風に捉えていたんだ。

 いや、今はそれよりも。


「そうだね。困っているみたいだから、声をかけて話す練習をしてみようかなって思ってさ。最初は踏ん切りがつかなかったんだけど、それを聞いたら逆に踏み込む勇気が湧いちゃって」


 初心者専用チュートリアルマップで、クソゲーなんてオープンで言ってる人がいたら普通はお近づきにはなりたくない。だけど。


「失敗してもいいよねって。断られても当然だし。もうログインしないだろう、なんて予防線マシマシの失礼極まりないネガティブな後ろ向きの勇気で挑んだわけなんだけども」

「あの時はかなり荒れてだろうし、ディスられて当然だよね。私が言うのもあれだけどさ。普通ならこいつヤベぇってなって離れるなり、運営に通報するよ」


 獅子王さんは苦笑を浮かべ、かみしめるように呟く。


「でも、違った」

「うん。違った。いきなり毛玉が喋った! って最初に言われるとは思いもしなかったけど」

「ごめんごめん。だってほんとにモジャモジャ白毛モンスターかと思ったし」

「どうしても初期装備は軽装だし、着飾られないからね」


 でも、俺のモジャモジャキャラクリが功を奏して、意気投合。

 獅子王さんに操作法や戦い方などを教えながら、一緒に狩りができた。


 獅子王さんがウィザード、俺がプリーストに転職し終えて、その日は解散しようとした。


 もちろんその日限りの臨時のパーティーだ。

 明日以降に会う約束なんて俺ができるはずもない。もう勇気は残っていなかった。


 だけど。


「――ねえねえ! また明日も一緒に狩りして教えてくれない? どうかな? 予定空いてる?」


 そう言ってレオは笑顔で手を差しのべてくれた。


「レオに結婚しようぜって言われた時も、リアルで役立つかもって思ってしまったのは事実だし。けど、そんなの忘れるくれるらい楽しかったのも事実だよ」


 他愛ない話も、下らない話も、俺にとっては十分すぎる思い出だ。


「俺の手を握って、引っ張ってくれたのはレオの方だった。だから、レオはひどい奴でもないし、人としてダメだなんて思わない」

「けど、そんなウサボンの手を振り払ったのも私だし」

「レオの気持ちを真剣に考えなかった俺の責任でもあるよ。だから」


 席を立つ。


 だからこそ。

 今だからこそ勇気を出そう。

 レオの隣に立ち、腰を下ろし、手を差し出す。


「これからも俺と一緒に〈GoF〉で遊んでくれないかな?」

「いい、の?」


 獅子王さんがこちらに向き直るも、握りしめた自分の手を見つめている。


「俺は……レオとまだ遊びたいな。むしろレオがいないとローリングアンゴラの稼働率が下がって、爆走毛玉珍獣ウサボンバーでソロプレイオンリーになっちゃいそうで」


 ネトゲでも遊びに誘うのは決して悪いことじゃないはずだから。


「そっか……うん。私も。私もウサボンとまだまだ遊びたい」


 俺の手に獅子王さんの手が重ねられた。

 そっと、確かに。

 だけど軽く握りしめる。


「これからもよろしくね、レオ」

「私の方こそ。めっちゃめんどくさい私だけど……どうかこれからもよろしくお願いします。ウサボン」


 最初に出会って臨時パーティーを組んだ時に、似たようなやり取りをした気がする。

 でも、似ているだけで、言葉の重みは全く違う。


「はあー……」


 獅子王さんがテーブルに突っ伏せてしまった。

 話が落ち着き、気が抜けてしまったのかな。


「大丈夫?」

「だいじょぶ、だいじょぶ。ウサボンが許してくれたって思ったら気が抜けちゃって。自分でも驚くくらい辛気くさい悲しみテンションナイアガラ状態だったみたいでー……なでなでヒールが欲しいなあーと」


 獅子王さんが魔女帽子の装備を解除し、銀髪がより露わになる。


「なでなでヒール?」


 つまり頭を撫でてほしいってことなのかな? でもなんで? こんな要求は初めてなんだけど。


「あああー! このままじゃ死んじゃうよー! ウサボンのなでなでヒールが大至急必要な急患がここにいるのにー! チラッチラッ」


 俺が戸惑っている間に、獅子王さんのバレバレなアピールが強くなっていく。


 もう辛気くさい悲しみテンションナイアガラ状態ではないと思うけど、まあ素直に従おう。これくらいは平気だ。


 綺麗な銀髪をそっと撫でる。


 VRMMOでも触覚はない。あくまで触れている、という情報だけが伝わる。痛みなんてあったらやりたくないし。


「へへっ。ウサボンのなでなでヒールでHPもMPも回復していきますなー」


 獅子王さんは緩みきった声を上げて大変満足してくれたようだ。


「本当にありがとね……ウサボン」


 潤んだ紫色の瞳がじっとこちらを見つめ、褐色の手が俺の頬に触れた。


 垂れたウサミミがピーンと立ち、思わず反応してしまった。

 ただただ白毛で覆われた顔をなで回される。


「ど、どういたしまして……」


 絞り出した声もか細い。

 VRMMOでも触覚はない、と知っているはずなのにこそばゆい。本当に撫でられている気分になっていく。


「……かわよ」


 獅子王さんのなにげない追撃に、またドキッとしてしまった。


 強制待機モーションが発動しないと言うことは、運営さんからセーフ判定をもらっているということでもある。


 だけど、いつものレオがする言動の範囲を飛び越え、獅子王さんだと思ってしまい……リアルの俺の全身も熱くなっているのが分かる。


「あ、そだ!」


 と、急に獅子王さんが俺の両肩をつかみ、勢いよく顔を近づけてきた。


 今度こそ強制待機モーションが発動するかと思ったけど、まだセーフらしい。

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