第2話
その
その先、
ボッ
と、すぐうしろで何かが
少女は
「大事ないか」
そう響いた気がしてはっとした。おぶけさまの声だった。それはそれは優し気だった。それでふっと気がゆるんだ。
途端、真っ暗闇が口を開けた。
ひと口に呑まれた。
悲鳴をあげる間もなかった。
あとは地獄の底無し沼だ。汚泥がまとわりついてズブズブ沈む。容赦なく引っ張り込まれる。
そのうち四方八方が
少女の目はすでに虚ろ。脳裏は朦朧。それでもかすかにとらえたのは、ピッという刃鳴りの音。それから光。一条、また一条と射しては広がる。
(なん、て、こと………)
天が銀色にかがやいた。
無数の星々が火を放つ。
まっしろな灰が降ってくる。
それは一面の花吹雪。
そして風へ。
果ては雲へ。
長々と白くたなびき、天地一体。ひとつの大きなうねりとなる。ぐるり渦を描いて海となる。その水面には星がただよう。淡い明滅をくりかえす。その中心、
「龍をしたがえる鬼神…のような」
とても
「
ぷすっと笑われて、少女ははたと我に返った。開いていた口をあわてて押さえた。玉粒の汗が噴き出した。ふと黒煙のにおいがただよった。それから、
(それ、から………???)
あたまに濃い霧が垂れこめる。わからない。思い出せない。立ち呆けたまま指先だけがかすかにふるえた。
が、それも束の間。いきなり
「やめてやめてッ! おねがい放し…ッ」
「噛むな噛むな。爪をたてるな」
「かっ、かんにん! 堪忍して!」
「落ち着け。
「うそ!」
「逃げる。ここから離れる。それだけよ」
(そ、それ、だけ)
少女は一応おとなしくなった。それでも噛みつくのをやめられない。おぶけさまの肩に歯を立てたきり、ちょっともうごけなくなっている。
一方のおぶけさまは静かなものだ。ビクともしない。怒りもしない。変に笑おうとする気配もしない。なんともかんとも言って来ない。それが少女には得体が知れない。こういう大人をまともに知らない。どうしたらこんな大人の機嫌がわかるのか。わかるまでは噛むのをどうでもやめられない。離れたいのに離れられない。噛む力ばかりが強くなる。いっそ払い落してもらえたほうが、怒鳴りつけてもらえたほうがわかりいいし
が、次第に
(痛く…ない…の、か、な???)
少女はさすがに困り果てた。目をきょろきょろと泳がせた。
(あっ)
と、そこでやっと気が付いた。何もなかった。何も見えなくなっていた。あったはずの河がなかった。それどころか景色がなかった。一面ひたすら真っ白で、天の
少女は急に寒気をおぼえた。噛むのをやめた。ふにゃふにゃと力が抜けた。
「今が潮目よ」
おぶけさまは言って、落ちていた笠をゆっくり拾った。ついでに少女を担ぎ直した。
「オレはよいが、そなたがマズい」
「そ…れは、どういう」
「ないしょ」
「で、では、あの、なんか、黒っぽい、わたくし」
「ひみつ」
「!」
「そう怒るな」
「怒ってなど!」
少女は怒鳴った。あっと思ったが、おぶけさまは別になんともない。触れた背があたたかい。それでおそるおそるホッとした。
そんな間にも、とっととおぶけさまは駆け出している。
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