ハナサカ

水也空

第1話

 「なにをしておる」


 そう問われているのにも気づかずに、少女はせっせと河原の石をどけていた。


 「なにをしておる」

 「ぎゃっ」


 と飛び上がったのは、いきなり声が近くなったからだ。相手はほんの目と鼻の先にいる

 それというのも仕方がない。なにしろ自分の首を落っことしてしまったのだ。何もかも見えやしないから手探りしている最中なのだと、そぞろに言った。


 「なにゆえ落とした」

 「はあ。それが」


 変わったひとだなと少女は思った。自分のようなものに関心を向ける大人に、かれこれ出遭ったことがない。

 それはさておき、


 「きられました」

 「それはわかる。なにゆえ斬られた」

 「盗み働きをいたしました」

 「腹がへってか」

 「いえ」


 と首を振ろうにも振れるものがないのは不便だなと、少女は思った。ちょっと考えて、


 「わたくしが悪い子で」

 「ふむ」

 「あ、おぶけさま」


 ん??? とでもいうように、すぐそこの気配が揺れた。

 まちがえたかなと、少女は息を細くした。

 が、当のの方は特に正そうという気はないらしい。


 「なにかな」


 話の先をうながした。その声音はやさしい。案外に。

 と、少女は自然に吐息していた。


 「お助け願えませぬか」

 「クビか」

 「いえ、わたくしのことではなく。実は弟をさがしておりまして」

 「おとうと」

 「はい。背負っておりましたのに、どこかに落としてしまい」

 「よう落とすな」

 「まことに」


 少女はちょっとも笑わない。

 そのどこまでも神妙な様子に、おぶけさまは首をひねった。


 「ものは相談だが」

 「は」

 「まずは、そなたのクビをどうにかせぬかな」

 「はあ」

 「そんなザマでは、弟が弟だとわかるまい」

 「!」

 「しかし多いな」


 というのは、あたりに散らばる仏の数だ。石ころよりも、骨やらなにやら正体不明の残骸のほうが多いのではないか。おまけに暗い。辛気臭いと、おぶけさまは文句を言った。


 「左様でございますか」


 少女は別に頓着とんちゃくない。

 おぶけさまのほうが、なんとなしダルくなってきたやら、


 「こんなもんでよくないか」

 「こんなもんとは」

 「よくないか」

 「よくはございませんよ」

 「どれでもよくないか」

 「わたくし、大したクビではございませんが」


 少女の口調がやや尖った。


 「自分のものでないものを自分のものにしようとしたゆえ、かようなザマでございます」

 「はいっ」

 「ですから、わたくし、自分のクビくらいは自分で調達したく存じます」 

 「はいはいはい」


 と、あやしつつ、おぶけさまは袂を探った。手ごろそうな宝珠を見つけ、少女の首根にちょんと乗っけた。ふうっと雲気を吹きかけた。


 「うっ」


 と、少女。


 「なんだかムズムズいたします」

 「まあ待て、しばらく」


 おぶけさまはそのまま黙った。


 「これでどうだ」

 「あ」


  少女は思わず声を上げた。


 「あたまがある! クビがくっうわわわっ」


 言っているそばからクビが落ちた。


 「あわてるな」


 おぶけさまの声がわらった。拾い上げて、あらためて設えた。


 「ゆるゆる動かせ」

 「はい。ああ…でも」

 「でも?」

 「見えませぬ。目がふさがって」

 「もとから失くしてきたものはどうにもならぬ」

 「ああー」

 「そなた、ここへ来るまえにどこへやった」

 「!」

 「どうした」

 「つままれました。そういえば。カラスかなにかに」

 「では仕方なし」


 少女のまぶたに、おぶけさまの分厚い手のひらが重なった。


 「ひとつ、オレのを呉くれてやろう」

 「えっ」


 という間に、右目のあたりがじわじわうごいた。ぼやっと白く光ってすぐ消えた。


 「どうだ」

 「えっ、わああっ、見えます! なんで!?」


 信じられないといわんばかりに、少女の右目がまん丸になった。大人びているようで、こういうところはあどけない。が、すぐに顔を青くした。


 「また、ひとさまのものを頂戴してしまいました」

 「なに、お遊びお遊び。もうけたとでも思っておけ」

 「でも」

 「このイケメンの目玉が気に入らぬと申すか!」

 「そっ…」


 ういうお話ではないというか何と申し上げたものか、少女にはこの齟齬そごの御し方がわからない。


 「案ずるな」


 対するおぶけさまは、謎のドヤ顔。


 「オレの目玉はみっつよっつある」

 「えええっ」

 「それで弟御だが」

 「あっ」


 と少女は我に返った。あたふたと辺りを見回した。

 目当てはすぐに見つかったらしい。燃え終わったあとの炭のような異物だったが、大事そうにどこからか引っ張り出してきたからにはらしい。川の流れにたっぷりと浸すと、どういうつもりか、自らの着物でゴシゴシとこすり始めた。そうすればするほどに崩れて灰になってゆくのにも一向にかまわない。いつまでも止めようという気配がない。表情もない。やっとくっついたはずのクビもグラグラしてきて覚束ない。

 あっと落っこちそうになる寸前に、


 「そろそろよいか」


 うっと少女は嗚咽した。

 風が起こって、灰は粉と散っていった。


 「わたくしが、わたくしがこうなればよかッ…た!」

 「そうか」

 「おぶけさま!」


 突然に少女はひれ伏した。


 「よせ」


 おぶけさまは、一応言った。


 「クビがまた飛んでゆくぞ。砕けるぞ。次は知らんぞ」

 「そんなことよりもどうか。どうかこのとおりでございます。弟と代わってやりたい。まだよっつでございました。不幸です。あわれと思っていただけませぬか。おぶけさまは、きっと、神さまか仏さまでございましょう」  

 「うっは」

 「おたのみもうしあげます!」


 さも面倒くさそうに、おぶけさまは少女を引っぱり起こした。

 少女は嫌って手を振りほどいた。あらためて突っ伏した。勢い、そのちいさな額で砂利を打つ音が河原に響き渡るほどだった。

 おぶけさまは屈んで言った。


 「オレはただのオレよ。拝まれたところで迷惑よ。誰かを不幸とも哀れとも何とも思わぬ」

 「ひとでなし」

 「そうなのよ」

 「そこをなんとか! わたくしのこの身ひとつで叶えてやってはもらえませぬか」

 「そなた、ウケるほどしぶといな」

 「もらませぬか!」

 「もらえぬこともない。が」

 「が?」

 「せっかくのオレの目玉をどうしてくれる」


 うっと少女は言葉を呑んだ。

 目の前のニタニタ笑いを、うらめしそうに睨み上げた。

 うつむいた。

 さらに深々と顎を引いて涙した。


 「…なぜ助けたのです」

 「そなたのせいではない」


 少女はいやいやとクビを振った。


 「なぜ助けてくださらないのです」

 「神でも仏でもないからよ」


 言って、おぶけさまはスラリと立った。

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