第3話
「あのっ」
と少女はそれでも粘る。ホッとした途端に
が、勢いでブッ飛ばされる。好奇も不安も景色といっしょに横っ飛びに飛んでゆく。さらにぐんぐんと加速してゆく。谷を吹き下り、あるいは巻き上がり、山の木立はすり抜ける。川の水は自ずと
(つむじ風になったみたい)
少女はぐるぐる目を回す。驚くより圧倒されて青息吐息だ。骨の髄まで溶けてしまう。どさりと大地におろされたところでなかなかカタチにまとまらず、しばらく声も出なかった。
(あああ…)
それでも光が射すのがぼんやりわかった。
丘の上で、まわりは林。縁取る空は薄青だった。
新鮮な空気が
鼻腔を湿らせる土の匂い。露を含んだ草葉の青っぽい匂い。ほのかに甘酸っぱく刺すようなのはタムシバの花の香か。ずんずん沁みて、五体が
「うわ
少女は吐けるだけ吐くも止め処がない。やめられない。このままでは内臓まで吐き出しそうだ。なんとか
「ふぎゃっ」
滝の雨が叩きつけた。
瞬時に
少女はしたたかに打ちのめされた。白目になった。それほどの仕打ちで半分死んだ。が、
「!」
と跳んで後じさり。気配に
(だっだっ誰っ!?!?)
雲をかぶったような頭に、白髭は胸まで垂れる。よく日焼けした皺深い顔は松の木肌を思わせる。女人とちがってニコニコしている。おもむろにひと足踏み出し、扇を開く。くるりくるりと回して遊ぶ。扇絵の胡蝶がつぎつぎに飛び出す。鱗粉をぱちぱち散らす。少女のまわりで
うわわわっと払いのけて、少女は逃げた。
その先には青い焚火。向こうに
棒立ちの少女はなにも言わない。言えやしない。串に目をやったきり顔面蒼白。いまにも引っくり返って卒倒寸前。そんなところか。
…と、禿は小首をかしげた。思案気にうつむいたが、嗚呼と手を打ち敷物をひろげてみせた。その上に少女を手引いて座らせた。串はひっこめて、かわりに
「え」
少女の顔がきょとんとした。目の前の瓢をしみじみ眺める。いつの間に座っている自分にそこで気づく。着衣まで真新しいのにあたふたする。素裸だったのが
それにしても何がどうやら、まったくもってわからない。どうしようもないが、となりの禿もまたピタリと動かない上に物も言う
そこへ瓢の吸い口が突っ込まれたからたまらない。大いにむせたが、注がれる清水の冷たさに生き返る。渇き切っていたことをようやく知る。途端、玉粒の涙が噴いて出た。疲労、それにワケもない感情という感情が嵐となって耐えられず、しばらく無心でわんわん泣いた。あとは急に落ち着いた。
「小ざっぱりしたな」
「はい。ぶっ」
少女は思いきり水を噴いた。はずみで相手の頬をビンタした。
「化かしたなこの人でなし!」
うふっと、おぶけさまは頬を撫でた。禿など当たりまえに居やしない。もちろん老翁も、白拍子も、この人の気もわからないヒトデナシの詐術か妙技か冗談か。いずれにせよ良いご趣味だ。
見渡せばもとの丘。林はしずかで空は薄青。多少なり雲はふえてはいたが、太陽は白けるほど明るく風はさわやか。何でもないただの朝に違いないが…
(…なにものだろう、この御方)
ブルッと少女は肩をすぼめた。
今ここさえ夢か
片やおぶけさまは、ぼやっとしている。少女の剣幕にもどこ吹く風。敷物の外を選んでゆったりしゃがんだ。草の芽をつまんでもぐもぐしている。なにを思うでなし考えるでなし言うでなし、煙ったような風情で相手にならない。
これには少女の方がイラッとくる。さんざん
「あのッ、ひと言申し上げたく。わたくし」
「ん?」
と言うように、おぶけさま。空を向くカエルのような
(なんだこのひと)
これが大人のやる
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