逃げるな

しおとれもん

第1話急行地獄行き、共同経営は既に破綻していた!

 「逃げるな!」


第1章

「急行地獄行き、平凡ならざるもの」


非凡な石の門柱から解放された鋼鉄製門扉を通過し、威厳のある建物の正面玄関から入館すると一間半はある幅広い階段が出迎える。

淡白だが2階へ上がる様に指示され、それに向かった。

踏み面は200㎜しか無いが、確実にリーサルウェポンの公使に近付く。

午前9時半、2階ホールに立った。

突然おぞましい過去のレビューが眼前に広がる!


「おい大原、事務員が見付かったぞ!?俺の彼女に来て貰うわ!給料は25万円な!」

共同経営は、始めた時から失敗していた。

幽楽人(かすかがくと)は細やかなビジョンさえも持ち合わせて居なかった。

当時の法人立ち上げの資本金は有限会社300万円 、株式会社1000万円と、決まっていた。

「個人商店でチマチマ遣らんと会社を立ち上げてドドーン!と遣ろうや!」こうして二人は勤務先に出入りしている銀行に300万円を借り入れ有限会社の登記を実行して、大原輝(おおはらあきら)が、社長に、幽楽人(かすかがくと)が専務に納まった。資本金を用意するのに借り入れ金を使う短絡的思考では始めの一第歩がレールを外れていた。

しかも従業員に己の愛人を宛がうというかなりデンジャラスな経営方法だった。

業種はインターネットプロバイダ。

開業するに当たってPC及びネット配信に必要なサーバーやルーターの存在すら分からない素人経営だったから、社屋、設備投資に使う資本金が底を着くのは目に見えていたし、「退職しなくて良かったな。」大原は勤務先を退職しなかった訳だが、それには退っ引きならない理由があった。

退職時には銀行からの借り入れ金を全額返済しなければ為らなかったし、もしそれが叶わなかったら親族ではない年収600万円以上の会社員に保証人に為って貰わなければならなかったのだ!事態を安易に考えていた大原は、因果応報、片手に地獄行きの切符をしっかりと握っていた・・・。

第2章

「逃げるのか?」「違うよプロバイダ業は君らに任せたらいいんじゃないかと想うんや!」「結局逃げるんやな、お前、会社辞めてないし戻る場所有るもんな。ま、俺が社長に為ってこの会社維持していくわ。」なんだか嬉しそうな、元同級生が、可哀想に見えた大原は胸中で清々していた。

自分に気に入らない事があると一言も会話をしない!この女は何者?

たかが幽楽人の愛人のクセに可愛くもない奴!大原は幽の女を嫌っていた。だから逃げるのでは無く、この女の姿が見えない職場に移動したわけだ!「金貸してくれへんか?」プロバイダ事務所を出て行く大原に背後から声を掛けたのは幽楽人。

振り向くとその背後から大原を睨んでいたのは幽の愛人だった。

「事務所の玄関ドアから外へ押出しながら大原の耳許で囁いた幽の切羽詰まった声色が大原の脚を停めさせた。「アイツの給料を支払わないかんし、ここの家賃も要るし、女の給料は、25万円で家賃は25万円やから占めて50万円!」「サラ金で金借りて俺に貸してくれ!」断る理由など無かった。早く彼らと縁を立ちきりたい大原は二つ返事でサラ金で50万円を借りてその場で幽に手渡した。「カードも渡してくれ。返済にATMを利用するから。」「毎月一万円返すしな、完済したらこのカードは返すからな。」彼の言う事を信じていた。お人好しの大原輝は、数ヵ月後に悪夢を見る羽目になる。

コンスタントに返していると思っていたが、サラ金の取り立ての電話が、信頼を覆した幽が大原の脳裏で笑っていた。

「再起を掛けた神戸地裁」

「今から名前を呼ぶ人は地方裁判所へ入室してください。大原輝(おおはらあきら)さん・・・。」

百人くらい呼ばれた中で大原は8番目に呼ばれた。見渡す限り誰一人福よかなぽっちゃりすた人は居なかった。

「俺と同じ境遇か・・・。」人それぞれどんなドラマを背負って此処へ来たんだろう?考える余裕さえ持てる!普通になった。イヤ!教会の長椅子とは少し違う祝福しない冷たい木製の長い椅子には愛想のない座り心地だったが、司法という名のディフェンスに抱かれる。という揺り篭の様な安心感が冷えた無機質な、慚愧の念、心機一転、転ばぬ先の杖、一寸先は闇。色々なジャンルの格言が湯水の如く沸いて出た。

「破産同時廃止が認定されました。」

インフォメーションが蝶のように舞い、脳裏を駆け巡り蜂のように刺した!

骨盤を立たせ脊柱起立筋を直立させた大原の顔面は前を向いていたが、真実安堵で背中を丸めて幾度と無く、溜め息を突く!良かった!

破産同時廃止とは、自己破産当事者が分配出来る資産零の証明通り、破産宣告をしたと同じく破産廃止に持って行く手続きの事で、破産宣告だけをしても債権者が請求権を持っているので普通に追い込みは掛けられるが、破産宣告と同時に破産廃止をすれば、債権者の手の届かないサイトに移動出来る。

昨日と打ってかわって天国に居る様で安心して道の真ん中を歩ける。

債権者には申し訳ないが、大原の所有するマンションを競売に掛けられる承諾書を提出し、自家用車を廃車、生命保険を解約、預貯金零の証明に通帳を返上破棄、虚心坦懐丸裸に為った。

兎に角自分の家族については危害が届かない様に為った訳だ!

護り切った。

呆気ない幕切れ・・・。


毎日湊川神社にお参りをして頭を下げた甲斐が有ったというものだ。

只、気掛かりなのは大原のIT法人立ち上げに保証人になって貰った同級生の友人F・Sの自宅に300万円の一括請求書が届く!折角快く印鑑を突いて貰ったのに・・・。

「これで皆さんの負債はゼロに為りましたが、保証人が泣く事に為ります。皆さんは誠意を持って謝罪して何時か立ち直ったら返済すると約束してください。裁判所からは以上です。」

滔々と語る破産担当者は事務的だった。

謝罪したら終わる?そんなモノ、信用を無くすだけだ。

謝罪する気持ちが有るなら保証人の負債を肩替りする方が真実だ。

僕は信金に電話をして保証人の代わりに支払いますと、宣言。

当月より支払いが始まった。


「大原チくんお金貸してよ?君は大企業の営業だから給料イイでしょ?取り敢えず50万円明日までに貸して!」とかく借金を無心する人間は、他人事の様に軽く頼んで来るけど、相手の痛みなどこれっぽっちも忖度出来る能力を持ち合わせて居ない。ましてや断ると貸してくれないあいつが悪い!と、逆恨みする人間が多いものだ。

若い頃の僕は頼まれたらイヤと言えないでいた。貸すほどの蓄えはないし、友人に頼まれたら何とかしてやりたいと思うのが本人の欠点でサラ金に50万円借りて友人に渡した。

しかし、彼らは約束を守らない人達だった。

神経が疑われる!自分さえ良ければ良いのか?僕なんか友人の約束は絶対死守するが・・・。

しかも返済期日は今日!

どうする?別のサラ金から50万円借りて最初に借りたサラ金に返済した。

そんなこんなで出来た借金は合計3千万円。

買ったばかりのライオンズマンションのローンとサラ金の返済が重なり、

文字通り借金で首が回らない!という事だ。

サラ金の追い込みは執拗だった。

「僕は返済の為に逃げも隠れもしません!だから家に来て子供達や妻に荒っぽい言葉を投げないでくれ!」普通の債権者は、逃げて姿を眩まし妻や子供を盾にするそうだが、僕は逃げなかった!

追い込まれた人は、百々のつまり友人に借金を申し込むそうだが僕は友人の助けを乞う事をしなかった。独りで戦った!

そして裁判所にて破産同時廃止が認定されても友人を見棄てなかった!

「俺な、破産するけどお前どうする?」と、言われた刹那、「それやったらバイトをひとつ増やすよ!今から面接の申し込みをしてくる!」こう告げたのは、逃げも隠れもしないからだった。

「お前は強いわ!」そう言って黙りコクった友人は後程、妻と離婚し、逃げた。

大原は逃げなかった!

他人を地獄に落としてまで天国に昇りたいとは思わなかったからだ。

債権者に保証人の友人の題意弁済を申し込み承諾を受け、返済を開始した。

毎月一万円、これが結構きつかった。固定資産税請求が、容赦なく届いたからだ、「自己破産は関係ないですよ?支払い義務は絶対です。支払い困窮なら分割払いでも受け付けますが?

但し、月々一万円以上で・・・。」国税はロイヤルストレートフラッシュよりも強かった。

給料を貰っても余暇に使えず、再就職先を探した。

国の決定でマンションは競売に掛けられ住むところを探してさ迷わざるを得ない事を想定して不動産業界に飛び込んだ事が功を奏してデベロッパー会社のエースになった。入社7日でプロフィットマネージャーに昇格。

しかし、給料は上がらず基本給17万円のままだった。

それでも脇目も振らず精進した結果、営業1課の社長を取り巻く四天王になった。

破産の原因は、世界に名だたる自動車メーカーの営業時代に販売先を探して回る事5年、やっと海外輸出業者に廻り合い一回の受注が、20台以上というカーセールスなら泣いて欲しがる受注を僕は引き当てた。

年間120台以上の販売台数は他の同僚や先輩から羨ましく思われ楽をして車を売っていると揶揄される始末。

ごますりが出来ない僕は社長や専務から疎ましがられ

やがて、居場所を無くし退職した!トップセールスマンなのに。

それからすぐ中古車販売会社から声が掛かり、基本給17万円だったが就職した。

ところが入社先の社長が半ぐれだったからか毎日社長の怒鳴り声に怯えせっせと車を洗い販売に精を出した!

10㎏痩せた。

トップダウンの仕事と言えば、付き合いのある組事務所の焦げた貸付金を回収してくる!事だった。

夜中や早朝に取り立てに忙しく、常識に頭が回らずたった一回のシートベルト違犯が免許取り消しにまで至った。

雪を転がす様に減点が重なった為だ。

この頃、減点数と正比例して借金が雪ダルマ式に増えていた理由は友人に貸し付ける為にサラ金に金を借りて、友人を信用してサラ金のカードを渡し、毎月一万円返済してくれていると思ったのにATMに一万円入れて直ぐ様引出している事実をサラ金からの追い込み電話で初めて知った。

借金が利息分だけ増えていたのだ!

免許取り消しになったお陰で中古車販売会社をクビになったのは嬉しい限りだ!その後、仏壇販売会社に入社して、神戸市から届く死亡情報のリストを見ながら「この度は御愁傷様です。」と電話をかけまくる仕事は違和感を覚え退職した。

酷い人生の贖罪の為に仏に近い職場に就職しただけなのだが、結果は死者を利用して飯を食うだけの何の社会貢献もしていないから辞退した。

その後、運命の不動産業界に飛び込んだ!

デベロッパーを退職、ハウスメーカーでは、デベロッパー時代のスキルを活かし、販売した。

この頃から最初の結婚生活がうまくいかなくなり、二人の娘が嫁に出たあとの妻とどう過ごすのか、不安に為り離婚をした。

身軽に為った僕は厄がスッカリ堕ちた様で、面白い様に売れた。本社が全国制覇の皮切りの四国へ

出店する高知支店の支店長を拝命して、これからの大原の四国物語が始まる。

第2章

「ノーペインノーゲイン」

大原は愛する2人の娘を残して死ねなかった。

もし手前勝手で死んだなら「パパ死んじゃった」と、慟哭の中の娘2人が悲しむレビューが垣間見えたからだ!

そんな悲しみを残して逃げたく無かった。

見事に債務ゼロにまで押し戻したが、政府の公報には氏名が記載されCICにもブラックリストに登録された。

今では前妻とは離婚したが、もう再婚して、毎日のように離婚だの、出ていけ!だの大喧嘩をしているが平和に暮らしている。(了)























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逃げるな しおとれもん @siotoremmon

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