最終章

第142話 奈緒美への報告

 この土曜日は、まるで嵐の真っ只中に放り込まれた感じだったが、日曜日になって僕の心の中に日が差し込んできたようだ。

 明菜ちゃんの容態は安定し、精神的にも立ち直りの兆しは明らかだった。


 もう正午か。

 父に、事務所の求人については、50%程度の可能性で、仕事憶えの良い求職者を紹介できそうだと連絡しておこう。

 雇用条件も確認しておかなくてはならない。



 父への連絡を済まし、次にやることと言えば、この24時間ほど、僕への連絡を遠慮していると思われる奈緒美に対し、その後の事情を話して安心させることだろうな。


 奈緒美に電話すると、僕の連絡を待ち侘びていた様子だった。

 どうやら、突然の腹痛ということで、流産の可能性を奈緒美は考えていたようで、明菜ちゃんの、その時の様子と、その後の様子を詳しく訊かれた。

 一通り話してやると、奈緒美が安心したのがよく分かった。


 明菜ちゃんのアパートに一泊したことについては、奈緒美は寧ろ僕の行動を褒めてくれた。

 体調を考えて、明菜ちゃんに仕事を数日休むよう勧め、もしそれで、今の勤め先で否定的なことを言われた時は、父の事務所の求人を紹介すると話したことを伝えると、奈緒美はこう言った。


「智也の都合で仕事先を紹介するということだったら、ご両親に紹介理由を詳しく訊かれたりしないの」


「うん、父の事務所の人が一人辞めてしまったので、職安に求人を出そうとしていたらしくて、父にも好都合だったみたいなんだ」


「じゃあ、寧ろ、ご両親も助かる提案なのね」


 このやり取りで、ひょっとしたら奈緒美は、このことを快く思ってないのかと考えて、僕はこう言った。

「奈緒美はどう思う。

 明菜ちゃんは、渡瀬さんに迷惑を掛けるといけないから、遠慮しようかなって言うから、それで気を悪くする人じゃないよって俺は言ってやったんだけど」


 少し間があってから、奈緒美は意味深いみしんに言った。

「ふふん、それは智也次第じゃないの」


「え、どういう意味」


「だから、智也の元カノが、智也の親の事務所で働くってことは、よりを戻しかねない状況ということでしょ」


 まあ確かにそうなんだが、僕を信じてないのかと少し残念だったので、強い言い方になってしまう。

「そんなことしないよ!

 明菜ちゃんもそんなことは全く考えてないと思うよ」


「それなら、良いんじゃないの」

 軽い口調でそう返された。

 なんかもやもやした気分だ。


「なんだよ、それ」

 僕が、吐き捨てるようにそう言うと、電話の先からくすくす笑いが聞こえてきた。


「彼女にヤキモチ焼かれるのも、満更でもないでしょ」


「なんだ、からかったのか」

 急に肩の力が抜けた。


「うん。

 でも良かった。中島さん元気になったみたいで。

 もともと智也のせいなんだから、それくらいの事、やって上げても良いんじゃない」


 その言い方はとてもおだやかだった。

 奈緒美は僕のことを少しも疑ってなかったのだ。


「なんだ、最初から賛成してくれていたんじゃんか」


「そうだけど、絶対浮気したらダメだからね」


「しませんよ、一筋ひとすじなんだから」


「一筋?」


 本当に意味が分からなくて、そう聞き返されたとは思えなかったが、もう一度聞きたいなら、言ってやっても良いw


「だから、奈緒美一筋ってことだよ、二回も言わさないでくれ」


「本当ね」


「本当だよ」


「じゃあ、これからデートしようか」

 奈緒美らしい、唐突な要求だ。

 もうこのパターンには慣れっこだ。


「いいよ、どこでも行きたい所へ連れて行くよ」


「じゃあ、幕張の浜までバイクに乗せてって」


 とんでもない事を言う。

 そんな所へ行ったら、もっともっとからかわれる。


「それはダメだろ」


「冗談よ」


「笑えない冗談だよ、それ」

 僕は少し疲れてそう言った。

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