第136話 中島明菜のアパート
明菜ちゃんの心が少し開いた感じがして、津田沼までの行程は気が楽だった。
津田沼駅北側のバスロータリーで、指定された番号のバス乗り場を探した。
そこで行き先案内を見ると、これも電話で聞いた通りだった。
5分ほど待つと、バスがやって来たので乗り込んだ。日中なのでバスは空いていた。
津田沼駅からバスに乗ったのは初めてだったが、数百メートル先の
地元の人が御成街道と言ってる、その道は
バスはその御成街道を横切って、さらに数百メートル先の成田街道まで達して、そこを左折して進んだ。
成田街道も少しは知っていたが、バスは途中で右折して、そこからは知らない町並みだった。
出発から一二、三分すると、言われていたバス停に着いた。
ここで降りたのは僕一人、時刻は午後三時少し前だ。
バス停から明菜ちゃんに電話した。
電話に出た明菜ちゃんは、何となく苦しそうな声だったが、目印になる建物と道を教えてくれたので、三分ほど歩くとアパートはすぐ見つかった。
白っぽい特徴のない二階建てアパートで、上下にそれぞれ四室の作りだ。
二階の奥から二番目が明菜ちゃんの部屋だった。
呼び鈴を鳴らすと、部屋着姿の明菜ちゃんが出て来た。
顔色が青白い。
やはり腹痛に効く薬を途中で買ってきた方が良かったのかも知れないがもう遅い。
「どうぞ、上がって下さい」
明菜ちゃんは
「うん、お邪魔します」
玄関を入ると、そこはすぐキッチンのある4畳ほどのフローリングで、仕切り戸の向こうにもう一部屋あるのが分かった。
明菜ちゃんは、仕切り戸を引いた。
「さっきまで寝ていたから、ベッドが見苦しくてごめんね」
そう言われて、奥の六畳の部屋を覗くと、小さなベッドの布団は、今起きたばかりという感じだった。
「腹痛がひどいの」
明菜ちゃんがお腹に手を当てていたので、そう訊いた。
「うん、昨日まではどうってことなかったんだけど、今朝からちょっとね」
「もし近くにドラッグストアがあるなら、腹痛に効く薬を買ってこようか」
「うん、大丈夫。
ロキソニンSとカロナールは常備してるから、でも飲んでも今日はあまり効かないの」
「どうしたのかな、
「そうかも知れない。
あ、忘れない内に、同意書に署名してもらえますか」
そう言いながら、明菜ちゃんはベッドの隣にある勉強机の上から紙を取って、ボールペンを添えて僕に差し出した。
「うん、もちろん良いけど」
「じゃあ、そこで書いてくれますか。
よろしくお願いします」
明菜ちゃんはベッドの端に腰掛けて、手を向けた。
明菜ちゃんの手が指し示したのは、この紙が置かれていた机だった。
僕は椅子に腰掛けて、机に向かい同意書に目を通した。
患者欄には、既に明菜ちゃんの住所氏名が記入されていた。
その下のパートナー欄に僕が署名するだけで、手術に必要な書類が完成するのか。
随分と簡単なものだ。
「これを書くだけじゃなく、その、手術の時は、僕が付き添いしようか」
僕はおずおずとそう申し出た。
明菜ちゃんは目を見張った。
「え、良いの」
かなり心細かったようだ。
「うん、それとお金もとりあえず下ろしてきたから、手術の費用のことは心配しなくて良いからね」
僕がそう言うと、僕を見る明菜ちゃんの口がぽっかりと開いた。
それほど意外な申し出だったろうか、当然のことだと僕は思うが。
「え、西田さん、大丈夫なの」
「うん、それくらい大丈夫だよ。
それにそれは本来僕が負担すべきものだから」
明菜ちゃんは、口を
「じゃあ、半分だけ負担してもらおうかな」
「全額負担するよ」
「それじゃ悪いよ」
「僕が避妊しなかったのが悪いんだから、気にしないで」
僕の言葉に、明菜ちゃんはほっとしたようだ。
「じゃあ、お願いします。
助かります」
「もう中絶の意思は固まってるの」
僕はそう訊いてみた。
「うん、医者に行くのが少し遅くなっちゃったけど、中絶するなら早い方が良いって言われてるの」
明菜ちゃんの話し方が少し柔らかくなって、二人の間の距離が縮まった感じがした。
だから僕の話し方も、少しフランクになる。
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