第15章 小雪と智也
第108話 栗田との二回目の面談
日曜日の朝、僕はベッドから中々出られなかった。
睡眠不足は既に解消していた。
早くから目を覚ましていたのに、寝床の中で僕が考えていたのは、坂野小雪のことだった。
あの
奈緒美の言う通りなら、あんなものは出来る筈が無い。
注射の
坂野小雪の注射テクニックは完璧だと言う。
だとすれば、久し振りに再会した小雪は、わざと失敗して、奈緒美に苦痛を与えたことになる。
それが大いに気になった。
いかがわしい儀式の復活は何の為か。
奈緒美は、二度と裏切らない誓いの為だと言う。
小雪と私の二人にしか分らないとも言った。
奈緒美には、小雪の意図が本当に分っているのだろうか。
僕は、未知の小雪に対し少なからぬ恐怖心を抱いていた。
だからこそ、小雪を早く見極めておきたかった。
栗田に会って、小雪のことを訊いてみよう。
僕はそう思い立った。
栗田なら、小雪の連絡先を知っていそうな気がした。
あの時一部失敬して来た、モトビの新規生徒募集用パンフレットを探し出し、そこにある番号に電話してみた。
二度目の電話で栗田と繋がった。
栗田は僕の事をよく覚えていて、連絡を待っていたような気配さえ感じた。
栗田はやはり、奈緒美に対する指導責任を今でも強く感じているようだ。
僕は、約束の時間にモトビの職員室を訪ねた。
「西田君、よく来てくれたね」
「急なことですみませんでした」
「いや遅かった位だよ。
そんなことより、説得してくれてありがとう」
栗田の言っている意味が分らない。
僕は首を傾げた。
「ヌードモデルのことだよ。
渡瀬が辞める気になってくれて、私はほっとしているんだ。
その後、彼女はどうだ」
なるほど、栗田が僕を歓待してくれたのは、そういうことだったのか。
栗田は、奈緒美の受験指導のことで、ひどく負い目を感じている。
長年の受験ストレスで、奈緒美が壊れ掛かっていると考えているに違いない。
それなら好都合だ。
「奈緒美さんは、最近こちらへ来ないのですか」
「バイトを辞めたいと言って来た日以来、大学のない土日も含めて、全く連絡して来ないから少し心配していたんだよ」
「奈緒美さんに変わった所は無いですよ。
まあ元気と言って良いと思います」
「それなら安心だ。
坂野小雪とは仲直りできたのか。
何か渡瀬から聞いてないかな」
僕はほくそ笑んだ。
栗田の方から坂野の話が出て来るなんて。
「坂野小雪さんですか」
白々しく、何のことだろうと云う感じで僕は答えた。
僕はあの時栗田から、藝大受験を共に戦った親友が居て、多摩美に流れた奈緒美が、その親友とこじれてしまった、と云うことを聴いてはいたが、その名前は一切聞かされていなかった筈だ。
「この前君に話したつもりだったが、名前はまだ言ってなかったっけか。
渡瀬の親友で、五浪して今年遂に藝大に入学した子だよ」
「ああ、その人ですか」
「その分だと、何も渡瀬から聞いてないか」
「その名前なら聞いたことがあります」
僕は自分が知っているその名前と、五浪して藝大に入ったその人が、同一人物であるとは気がつかなかったと説明した。
「最後にやって来た日に、その坂野小雪の連絡先を教えてくれと言われた。
何だ、坂野の連絡先位知らないのかと私は答えた。
渡瀬は、携帯番号をうっかり削除してしまったと言うんだ。
勿論教えてやったさ。
二人は再会して仲直りするもの、と思っていたからね」
「実は今日先生を訪ねたのは、その坂野小雪のことなんです」
「何かあったのか」
栗田の顔色がさっと変わった。
率直な気持ちで、僕が相談してないことに、彼は全く気付いてないようだ。
「これから僕が言うことは、奈緒美さんに暫く内緒にしておいて欲しいのです」
「まあ、お互い様だからな」
「ありがとうございます。
先生は坂野さんの電話番号とか、連絡先をご存知でしょうか」
「どうして私に訊く。
知りたければ渡瀬に訊けばいいだろ」
「実は、奈緒美さんの腕に鬱血がありまして」
「どういうことかな」
「それが坂野さんと関係あるらしいのですが、奈緒美さんは、あまりそのことに触れられたくないみたいなんです」
「それは打撲でできる痣みたいなものかね」
「僕には注射の痕の様に見えました」
この辺にあったんですよと、僕は痣の場所を自分の腕を指差して示した。
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