第96話 アフターサービス

 日曜日にできた用事とは、母に付き合って、宝飾店ミキモト企画のランチパックバスツアーに参加することだ。


 父の愛人問題で揺れている母から、金曜日に打診された時、僕はその話を断れなかった。

 朝食を二日続きですっぽかしていた引け目もあるし、つい先日、僕は家族を守りたいとか、お母さんの気持ちをよく考えるとか宣言していたからだ。

 今、母の機嫌を損ねては、これからの奈緒美との付き合いにも支障が生じかねない。

 そんな打算もあった。

 夕方にはもう一つ約束があったから、その日は結構忙しかった。



 ミキモトの店内とバスの移動時に、母から父の様子を聞かされた。

 先週修羅場があったばかりなのだから、当然と言えば当然だが、今の所父は大人しくしているようだ。

 母が僕をバスツアーに誘ったのは、キャンセルした友人の代役じゃなくて、この話が目的だったのかも知れない。


 実は、僕のもう一つの約束と言うのが、父の元愛人、岡本久美との面談だった。



「智也。

 あなた、お父さんと、あの人と、三人で会って、決着つけてくれると言ってくれたわよね」


 そう訊かれて、僕は久美と会ってから、今夜報告しようと思っていたことを告白した。


 父には同席を断られた。

 嫌なことを避けようとする、父の性格は変わらない。

 その代わり父は、母と僕を二度と裏切らないと誓ってくれた。

 それを話した時、「あの人らしい」と母は笑い、この件は僕に任せると再び約束してくれた。


「智也。恋人とは仲直りしたの」


 二日続きの早朝外出のことと、僕の表情が活き活きしていることを母は指摘した。


 僕は、新しいガールフレンドができたと正直に話した。

 母はかなり驚いた顔を見せた。

 それ以上詮索しなかったが、今度こそその人を大事になさいと母は言った。

 僕は曖昧に笑った。


 当分の間、月に一度、僕は久美と会うつもりだ。

 一回で決着がつかなくても、僕が久美と会うことで、二人の復縁に対し、抑止力になると思うからだ。

 恐ろしくて母には言えないが、実は僕は父の誓いよりも、久美の決意の方を信用していた。


 久美とは携帯の番号を交換していたから、あの尾行の後も二回電話で話した。

 月に一度会うというのも、久美からの提案だったのだ。

 恐らく久美も、父の煮え切らない性格を知り尽くしているのだろう。



 汐留シオサイトにある、電通ビルの高層階で、僕は久し振りに高級ランチを口にした。


 夕食は、岡本久美の自宅で手料理を戴いた。

 高校生の息子は、部屋に篭ったきり出て来なかったが、久美は彼に対し、僕のことをどう説明したのだろうか。

 この状況から見ても、久美の固い決意が僕に伝わって来た。



 その夜、僕は久美との会見の様子を、父と母の前で報告した。


 二人の表情からも驚きが見えた。

 父には、肩身の狭い思いをさせたかも知れない。

 それも身から出た錆、自業自得だろう。

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