第93話 タイマン勝負、木村を聴取

 誠くんが元の位置へと離れると、ジロはもう一度、僕を見て残念だったなと笑った。


「ほらよ」


 ポケットにねじ込んだ、金と免許証を掴み出すと、木村は僕に向って差し出した。

 僕は受取る振りをして右手を出した。

 次の瞬間、思った通り木村はその手を取りに来た。

 こいつが手を引き寄せて、膝蹴りに来るパターンはもう分っていた。


 アドレナリンが大量に分泌したのか、身体がかっと熱くなった。

 取りに来た手を空かし、同時に体を左半身に開いた。

 木村の膝蹴りは空振りだ。

 相手の動きがスローに見える。


 その浮いた膝を、横から両手で抱え取り、そのまま押し倒した。

 木村は地面に側頭部を打った。

 土の地面とは言え、これはきつかったろう。

 ひやっとしたが、木村が押し返して来たのでほっとした。

 僕は、そのままヤツに馬乗りになる。

 右で一発、左で二発目。

 木村はまだ元気だ。

 遠慮する必要は無い。

 二拍子のリズムで顔面攻撃。

 右、左、右、左と交互に打ち続ける。

 合計六発、左右の拳が少し痛くなった。


「悪かった。

 もう勘弁してくれ」


「俺を襲った理由を話すまでは、勘弁できないな」


 僕はさらに、ワンツースリーと立て続けにパンチを打ち込んだ。


「分った。

 話すから待ってくれ」


 僕の左脇に立った誠くんは、拾い上げたお札と、免許証の泥を手で払いながら、冷酷な目で木村を見下ろしていた。


「西田さん、俺もこいつの話を聞きたい。

 良いっすか」


 誠くんの手から、金と免許証を受取った僕は、黙って頷いた。

 彼のお陰で、このピンチから助かったんだ。

 断れる筈が無かった。


 二人で木村を引き起こした。

 逃げられない様に、誠くんが後ろ手を軽く捻ると、木村はすっかり観念したように見えた。

 木村は、僕を見てから俯いた。


「お前が付き合っている女、渡瀬は俺の女なんだよ」


「バカ言うな」


 すかさず、誠くんが腕を捻り上げると、木村はうっと呻いた。


「分った、分った。

 渡瀬のこと、俺も好きなんだ」


「それだけだな。

 片思いだな」


 僕の訊きたかったことを、誠くんが言った。


「そ、そうだよ、悪かったな」


 僕は両手で、うつむく木村の顔を起して睨み付けた。


「続けろよ」


「本八幡の飯屋で、お前と渡瀬が一緒に居る所を見た」


「だから」


「トモヤにナオミって、気安く呼び合いやがって。

 見せ付けられてマジでムカついた」


「ふん、それで」そんなことか……


「お前らの話で、そこのコンビニで働いているのが分ったんだよ。

 来てみたら、お前は居なかったけどよお。

 店のヤツに聞いたら、お前のシフトまですらすら教えてくれたぜ」


 松尾君か、あるいは新しく入ったバイトの子か。

 こんなヤツに、余計なことを教えてくれるもんだ。


「それで」


 木村が黙っていると、背中で、誠くんが逆手に取った腕に力を加えた。

 呻き声を漏らし、木村は言葉を吐き捨てた。


「ダチに助っ人頼んで、今夜襲う計画を立てたんだよ」


 ここからは、木村の背中で、誠くんが質問を繰り出した。


「この後、どうするつもりだった」


「渡瀬から、手を引かせるつもりだったよ。

 これで良いか」


「それだけじゃないだろ」


「ああ、金を揺するつもりだった。

 それだけなんだ」


「お前、どこで渡瀬さんと知り合った」


「そんなこと、どうだって良いだろ」


 誠くんが逆手に捻り上げる。

 木村は、泣きそうにして顔面を歪めた。


「痛えよ、離してくれ」


「早く質問に答えろ」


「中学時代、同じクラスだった」


「どうして今になって、また彼女に近づいてんだよ」


 僕は木村の言葉に驚いた。

 奈緒美さんとコイツが、中学の同級生だなんて!


 この意外な事実に対して、誠くんは何故冷静なままで居られるんだ。


「街で偶然再会したから、声掛けたんだよ」


「もう彼女には二度と近づくな」


「痛い! 分ったよ。

 もうたくさんだ」


 この最後通告が目的だったようだ。


 強く捻り上げてから、誠くんは木村の逆手を解放した。


 木村は暫くの間、痛む腕を反対の手で摩っていたが、やがて僕に対し、あの薄気味の悪い笑いを見せた。


「西田、俺の名前を出して渡瀬に言ってやれや」


「何を」


「俺は、渡瀬のやり方を真似ただけだってな」


「どういうことだ」


 カッと来て、右パンチを見舞ってやった。

 アドレナリンが引いたからか、あまり効かなかったようだ。

 木村は左頬をさすりながら、まだ薄ら笑いを見せている。


「渡瀬に訊いてみな」


 あっと言う間に、誠くんが逆手を取って背中に捻り上げた。

 さっきと同じ体勢だ。


「それは後だ。

 今、お前から聴いておこう」


「痛いんだよ!

 加減しろよ」


 誠くんの腕に力が入る。


「痛え、痛えよ。

 分ったよ。

 渡瀬は中三の頃、音楽のセンコウと出来てたんだ」


「好い加減なこと言うな」


 怒った誠くんは、裏側で語気を荒げたが、木村の顔を真正面から見ていた僕は、怒りとは違う種類のショックを受けた。


「痛い。マジだよ」


「それで、どうした」


「そのセンコウは結婚してた。

 教師と生徒の不倫てやつだ」


「それで」


「センコウには小さなガキも居た。

 四つ位の男の子だ」


「それがどうした」


 目の前の問答から、意識がすっと離れ、胸の中に奈緒美をイメージした。

 事実の確認を求めても、奈緒美のイメージは微笑むだけで口を開かない。

 僕の意識は再び現場に戻って来た。


「ある晩、地元の神社で縁日があったんだ。

 そこで渡瀬は、仲が良さそうなセンコウ親子と遭遇したって訳だ」


「それで」「どうした」

 そんな誠くんの声が、頭の中で響き渡り、それは突如僕の声になった。

 今木村に質問しているのは僕なのか。


 知りたくない事実を知らされて、僕は混乱していた。

 しかし、それは果たして真実なのだろうか。

 この後木村から聞きだした話は、断片的にしか記憶していない。

 奈緒美に恋する誠くんも、この僕と似たような心境だったに違いない。

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