第12章 襲撃

第91話 拉致


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 九月二十九日金曜日の午後十一時近く。


 智也は、ローサンの勤務が終るのを待ち切れない程高揚していた。

 明日の土曜日、奈緒美との終日デートを取り付けていたからだ。


 閉店時刻が迫る店内には、雑誌コーナーの若い男性客三人しか残って居なかった。

 彼らの立ち振舞を見た智也は、経験的に何も買わない客と判断した。

 早く帰れば良いのに。

 そう思った矢先、漸く男達はドアに向って動き出した。

 先に二人が出てしまった後も尚、数秒間店内に留まった中背の男は、店を出る前に、これ見よがしに智也へ視線を送った。

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 アイツ、どこかで見たことがある。

 誰だっけ。

 気にはなったが、結局何も思い出せなかった。


 十一時丁度に店のドアを閉めた。

 レジスターの中身を計算し終えて、伝票類を揃えた所に、オーナーの広岡さんがやって来た。

 今日の業務に特に問題は無く、閉店の引継ぎは速やかに完了した。


「西田君、今日もお疲れさんでした。

 もう上がって下さい」


 広岡さんに背中を軽く叩かれて、今日の仕事が終ったことを実感した。

 ほっとする瞬間だ。


「じゃあもう帰ります」


「ああ、ちょっと」


 広岡さんは怪訝けげんな表情を見せた。


「何ですか」


「店の裏手で、若い男達がたむろしていたけど、西田君の知り合いかね」


「全く心当たりはありませんね。

 何人ですか」


「柄の悪い連中が三人居たよ」


「誰だろう。

 閉店間際に出て行った、三人連れの客かも知れないですね。

 オーナー、店を出る時は、十分注意した方が良いですよ」


「そうだな。西田君も注意して」


「はい、ありがとうございます」


 僕は裏口から出る時、周囲の様子をやや念入りに探ってみた。

 人の気配は無かった。

 気にし過ぎかな、自然と笑いが漏れた。


 バイクの盗難防止チェーンの鍵を外そうと、しゃがみこんでいた時、背後に近づく数人の足音に気が付いたが、その時はもう遅かった。

 僕はあっという間に取り囲まれた。

 さっきの三人組だ。


 一人の男が、目の前にナイフをかざしながら、口先に人差し指を立てた。

 声を出すどころか、腰から力が抜けそうになった。

 店を出る時に振り向いた男だ。


 僕がすっかり観念したように見えたのか、男は歯をむき出して、笑いながらナイフをしまった。

 こいつがチームリーダーだった。


 リーダーの先導で、背の高い男と背の低い男に、両側から肩を回される様にして、僕は敷地の外へと連れ出された。

 暗い夜に、黒いジャンプスーツを着ていたから、拉致らちされた僕も、仲間の一人にしか見えないだろう。

 実際、通り掛かった男が一人居たが、彼はこちらを見ようともしなかった。

 暗い所で、若い男の集団に接近する状況になれば、誰もが関り合いを避けようとする。

 無理も無いことだが、この時ばかりは淡い期待を掛けて、視線の合わない男に対し、目で窮状を必死に訴え続けた。


 店から三ブロックほど離れた、児童公園がこいつらの目的地だった。


 両隣を、京成バスの駐車場と、営業を休止したSSで挟まれ、背後が京成線の線路になっていては、この遅い時刻に、少し位声を出しても、救助の手は全く期待できなかった。

 しかしながら、この時点で僕はまだ、個人的に自分が狙われている、などとは考えてもいなかった。

 所持金を素直に差し出せば、それで終わり。

 そう思っていた。


 設計思想が一時代前の古い公園は、周囲が隙間無く植林され、ただでさえ外部から見通しが悪いのに、小さな築山つきやままであって、陰に入れば完全に死角となる場所がある。

 僕はそんな場所に連れ込まれて、三人の間で良い様に小突き回された。


「ほらよ、金持ってるなら今の内に全部出しな」


 リーダーに右腕を取られ、引き付けられると同時に右膝蹴りを食った。

 左脇腹に鈍痛が走り、その場に一旦屈み込んだ僕は、立ち上がってから言ってやった。


「店の金が目当てなら、僕じゃなく、最後に出て来るオーナーを狙うんだったな。

 もう帰った頃だろうけど」


 背の低い男が、僕の胸倉を掴んで引き下げた。


「うっせぇんだよ」


 両目の真ん中辺りに頭突きを喰らった。

 白い星が幾つか飛び散って、僕は思わず膝を付いた。

 鼻の付け根にも痛みが走った。

 楽しそうに眺めていた背の高い男が、僕を引き起こし、手馴れた様子で上下のポケット辺りを探った。


「け、売上金のバッグはねえぜ。

 この薄い財布だけだ」


 財布を顔の辺りまで持ち上げてから、男は中身をゆっくり調べ始めた。


「スタンドの現金カードと、電気屋の会員カードかよ。

 こいつ、クレジットカードも、プリペイドカードも持ってねえぜ」


「他に隠してねえのか、キャッシュカードとか」


 背の低い男は、再び胸倉を掴み凄んだが、あいにく僕は、大事なカード類を持ち歩かない主義だ。


「貧乏人なもんでね」


「ほい、ジロ」


 中身を点検し終えた男は、中背のナイフ男に財布を手渡した。


「三千円と小銭だけかよ。しけたヤツだな」


 ジロと呼ばれたリーダーは、財布から紙幣を抜いてポケットにねじ込むと、気味の悪い笑いを浮かべながら、免許証を僕の目の前でひらひらさせた。


「金と免許証は預かっておくぜ。

 西田智也君、金はナオミに返してもらいな」


 ジロは意外な名前を口にした。

 ナイフを見せられた時と同じ位恐怖心を覚えた。

 こいつらの狙いが、コンビニの売上じゃなくて、僕自身だったことに気が付いたからだ。

 確かめようと、口にした僕の言葉は心なしか震えていた。


「ナオミって」


「ワタセナオミだよ。

 良く知ってるだろ」


 みぞおちに命中した。

 右腕を取られて、さっきよりも強烈な膝蹴りをもらったのだ。

 しゃがみ込めない様に、二人の男が僕の両脇を抱えた。

 さらに小さな膝を二発食わされた。

 それでも僕は、奈緒美とこの男の関係を確かめずには居られなかった。

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