第90話 立ち聞き
コイツ、本気で俺のことを倒そうと思っているらしい。
笑えるぜ。
涙が出そうだ。
どうしてやろうか。
今なら師範代も見て無いことだし、一発きついお灸を据えてやるか。
誠は、そう思ってから考え直した。
この程度のヤツに、本気になるのはカッコ悪い。
それに新規入会希望者も来ている。
今問題を起せば、ホセは相当怒るだろう。
そうなったら見せしめに、皆の前でホセに叩きのめされるかも知れない。
考え無しに突き進むと、酷い目に合うと云うことが何となく分った。
全部型通り受け流してやろう。
ボディに来たパンチは、軽く受け止めたが、顔を狙ったパンチは、円形に受け流してやった。
一々大袈裟にバランスを崩すので、先に手合わせしてやった相棒が笑い出した。
やっと、自分のかっこ悪さに気付いたのだろう。
男は普通の組み手に戻った。
ボクシングをやって来ただけあって、さほど呼吸を乱してないことだけは褒めてやれそうだ。
誠は男に提案した。
「キックも混ぜますか」
「いや、この次でいいです」
男は丁寧にお礼して引き下がった。
腰がかなり低くなったようだ。
こいつの小さな自信も砕かれたらしい。
誠は表情一つ変えず、オスと気合を入れた。
次からは道場で行き逢っても、この二人が、誠に組み手を申し込む気配はまるで無かった。
九月二六日、火曜日のことだった。
全てのトレーニングを終えて、上がりのストレッチも済ませた誠が、出入り口に向った時、気になる言葉が耳に入って来た。
トレーニング器具の陰で、ぼそぼそと話し込んでいるのは例の二人組だ。
立ち止まった誠は聞き耳を立てた。
「稲毛西口のローサンだって」
「金曜の夜だ」
「何時だよ」
「十一時過ぎには閉まるらしい」
「おせえな」
「人通りが少ないしな」
「キムラのヤツ、どこまでやるつもりだ」
「カツアゲだけじゃ済まないだろ。
女がらみだし」
「あの美大の女ね。
相手の野郎超かわいそう~」
「切れやすいからな、キムラのヤツ」
「報酬は」
「ターゲットから盗れなくても、一人一万保証だとさ」
「じゃあ良いか」
「だな」
十時前に、漸く帰宅した姉のいずみが、自室へ入るのを見計らっていた様に、誠はドアをノックした。
「渡瀬さんが、灯火のコンサートに行った時の話だけど」
「マコちゃん、七つも年上の人のことはもう諦めなよ」
「そんなんじゃねえよ。
ただ、その時一緒に居た男の名前を聞いてないかと思って」
「木村次郎だったかな。
でもどうして?」
「そいつ、ワルじゃねえの」
姉から聞いた話は、誠にとっては意外だった。
渡瀬さんは、元々市川の人だったらしいが、高校生になる前の数年間、家庭の事情により、外房の大網白里海岸近くに住んでいた。
渡瀬さんが、中学生当時クラスメートだった木村と、本八幡駅近くのコーヒーショップで、たまたま再会したと言う事らしい。
今年の春頃の話だ。
ウエイターをしていた木村が、来店客の渡瀬さんに気付いて声を掛けた。
コーヒーショップで、何回目かに行き逢った時、木村から金曜日の休みに会えないかと誘って来た。
灯火のプラチナチケットが、友達経由で何とか手に入りそうだと云う話だったが、彼は渡瀬さんにあっさりと断られた。
前日木曜日のチケットを持っていた、姉の検査入院が決まって、代わりに渡瀬さんが、灯火のコンサートへ行くことになっていたからだ。
ところが、木曜日のコンサートに行ってみた渡瀬さんは、灯火のコンディションが気になってしょうがなかった。
その夜木村に対し、明日のチケットはまだあるのかとメールしたらしい。
それで急遽実現したコンサートデートだったが、行き帰りの電車内のマナーの悪さや、コンサート会場での、
「ワルかどうかは知らないけれど、もう会わないんだから、マコちゃんが心配することないよ。
それに奈緒ちゃんは今、西田さんと付き合ってる。
あの人は良い人だし、大人だもの。
それにね、奈緒ちゃんのことは、単純なマコちゃんには絶対理解できないし、手に負えないよ」
「西田なら良いのかよ。
恋人を捨てて、乗り換えるようなヤツなのに。
俺だったら絶対渡瀬さん一筋。
永遠に守って見せる」
「バカ言わないで。
仮にね、マコちゃんと奈緒ちゃんが恋人関係になったとしたら、純粋過ぎるマコちゃんが、いつか奈緒ちゃんを、取り返しがつかないほど深く傷付けることになる」
「意味分んねえ」
「お子様には、まだ分んなくて良いの」
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また子ども扱いだ。
俺は姉貴の言い分に頭来た。
でも渡瀬さんの行動は、確かに自分にはよく分らなかった。
身体だけでかくなっても、俺はまだまだガキなんだろうか。
とにかくだ。
俺の聞いたアイツらの話が、西田智也を、木村達が襲う計画であることだけは間違いない。
西田がやられたって、俺は何とも思わないが、三対一とはなんて卑劣な野郎だ。
相討ちで、あの二人が潰しあうならおもしろいが、やられるのは一方的にトモヤンの方だろう。
もしここで木村の思い通りにさせたら、また渡瀬さんに近付こうとする筈だ。
ふざけるな、そうはさせるか!
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誠は、金曜日の夜、現場に行くと決めた。
'''''''''''''''''''''''''''' 第11章 完了 ''''''''''''''''''''''''''
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