第52話 渡瀬奈緒美の二日目

 渡瀬さんと誠君の二人だけが、明菜ちゃんの質問の意図を理解していなかったようだ。


 いずみさんは明菜ちゃんを凝視している。


 明菜ちゃんは二つ目の質問をした。


「二日目の方だけど、ステージと反対側、つまり、一番後ろの特別席みたいな所に居ませんでした」


「三〇〇レベルのことですか」


「そこです。一番左奥の一番後ろ」


「二日目は確かにそこでした。

 それがどうかしましたか」


 渡瀬さんは余りに無頓着むとんちゃくだ。

 笑ってはいなかったが、不審に思っているようでもない。

 ヘアスタイルのことも観覧席のことも、明菜ちゃんの占いかゲームの一種とでも思っているみたいだ。


 落ち着かなかった。

 明菜ちゃんは、あの人と渡瀬さんが同一人物と確かめた後で、一体何を言うつもりなのか。


 二人のやり取りを、明らかにおもしろがっている人が居た。

 いずみさん一人だけが、楽しそうに笑みを浮かべている。

 対比して、不愉快そうに見えたのが誠くんだった。


「おしゃべりな若い男の人が一緒でしたか、もしかして」


「ええ、そういうヤツとね」


 渡瀬さんは何がおかしいのか、くくくと笑った。


「私達多分、渡瀬さん達の隣の席だったと思います」


 明菜ちゃんは窓際の渡瀬さんを、左対角線上に見つめた。

 強い視線ではなかったが、反応は見逃さないと云う感じだ。


 渡瀬さんは、漸く質問ゲームの意味を理解したようだ。

 明菜ちゃんの視線を受け止めていた渡瀬さんは、不意に窓の外に目をやった。

 何か凝っと考え込む様子を見せている。


 僕は渡瀬さんの白い左横顔を見詰めていた。

 あの時のことが蘇って来る。

 ぼんやりし出した途端、横顔は僕に向き直った。

 何かを問われた気がした。


「あの時はごめんなさい」


 明菜ちゃんに謝ったのか、僕に対してなのか、それもよく分らなかった。


「いいえ、別に」


 明菜ちゃんの声に冷たい響きは無かった。


 渡瀬さんは明菜ちゃんに謝ったのか……


「でもどうして」


 明菜ちゃんは、聞こえない程小さな声を出した。

 僕は明菜ちゃんに目をやった。


 誠くんは渡瀬さんを見つめていた。

 その視線は僕へと移って来た。

 さっきよりもずっと強い視線。

 彼も二日目の記事を読んでいたようだ。


 いずみさんは、ぐるりと一周見渡した。

 笑みは消えていたが、不安そうな様子は見られない。


「どうしてかな」


 渡瀬さんも小さな声を出した。

 今度も自分に対して問われた気がした。

 しかし、それは僕が一番知りたい疑問だった筈だ。

 渡瀬さん自身にも理由が分らないなんて……


「気持ちが通じたんじゃない」


 いずみさんがそう言った。


 明菜ちゃんは、怪訝けげんそうな目でいずみさんを見た。


「そんな感じかな……」


 渡瀬さんがつぶやいた。

 僕は沈黙を保っていた。


「円城寺さんは、どうしてそう思うの」


 明菜ちゃんの目は寂しそうだ。


「二人共、前日から灯火ちゃんのことを心配していたんだから、同じ気持ちになっていても不思議じゃないでしょ」


 いずみさんが答えると、渡瀬さんは僕を凝視した。


「西田さんも、二日続けてあそこへ行ったんですか」


「ええ」

 僕は短く返事した。


 渡瀬さんは椅子を戻して腰掛けた。

 斜め上を見た顔は暫く動かなかった。


「円城寺さんの言う通りなの?

 渡瀬さん」


 明菜ちゃんはまだ諦めてなかったらしい。

 強い口調ではなかった。

 寧ろ悲しげな気配すら感じられた。

 悪い予感がした。

 明菜ちゃんを止めるべきだったかも知れないが、僕は答を知りたかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る