第49話 自己紹介

 幹事役のいずみさんが口火を切る。

 主に初対面の明菜ちゃんへ向けてのものだろうが、誰もがそんな様子は少しも見せなかった。


「円城寺いずみ二一歳です。

 いずみは平仮名で、多摩美術大学美術学部グラフィックデザイン科二年生。

 隣に居る奈緒ちゃんとは同級生よ。

 灯火ファン歴は、中二からで七年になります。

『初恋』でMステに初めて出た頃かな」


 明菜ちゃんが口を挟んだ。


「あ、おんなじ。

 私もあの時、灯火ちゃんのトークがおもしろくてファンになったんだ」


「『Yes Yes!』の時なんか、ぶっちゃけトークでびっくりしたよね」


「したした。帰国子女だって言うし、凄いCD売上でどんな人かと思ったら全然普通ていうか、超一般人ぽくてまじでびっくり」


(明菜ちゃんの超の字は、一般人を超えていると言う意味ではなく、単なる強調として使っただけだが、僕自身が小説を書く時には使わない方が良いだろうな)


「話っぷりは普通ていうか、かなり変わってたよね」


(『普通ていうか』は、要らないよな)


「変わってた~ 喋り方ちょっと変だし。

 でも全然気取ってなくて凄く良かった」


 明菜ちゃんといずみさんは、もうすっかり仲良しになったみたいだ。

 同じ人が好きだというだけで、こんなに意気投合してしまうものなのか。

 年齢が近いと云うこともあるのだろう。


 注文した飲み物とカレーライスが運ばれて来た。

 誠君の食べっぷりがあまりに豪快で、暫しの間皆で見蕩みとれてしまった位だ。


 うまそうだねと、僕は思わず右対角線上の誠君に声を掛けた。


「ここのカレー、ぴりっと辛くてバカウマっすよ。

 今度食べてみたら良いっすよ」


 優しい響きの声も、優しい眼差しも相変わらずで、背も高いし、きっと女の子にもてるだろう。

 談話スペースで受けた、あの威圧感はすっかり消え失せていた。


「じゃあ、次は私が自己紹介しますね。

 なかしまあきな二十歳です。

 来月二一歳になります。

 中島美嘉なかしまみかと同じ字で同じ読み方ね。

 あきなは明るいに菜の花の菜です。

 大抵なかじまって呼ばれますけど」


 恥ずかしながら、僕も知らずになかじまさんと呼んでいた。


「中島美嘉ちゃんと、切れ長の目が似てる」


 いずみさんの発言で、明菜ちゃんはふっと笑った。

 この笑顔が僕は好きだ。


「ありがと。

 似てるって言われると少し嬉しい。

 高校卒業後はフリーターしてて、今は稲毛駅前のセブンスでバイトしてます。

 西田さんはそこの先輩です」


「中島さんと西田さんは、付き合ってるんですか」


 唐突で不躾ぶしつけな質問は、カレーを平らげた誠くんからだった。

 無邪気なだけに、一概に責める訳にも行かない。

 明菜ちゃんは、確かめるように僕を見た。


「中島さんとは交際を始めたばかりです」


 自然な感じでそう答えた。


 明菜ちゃんが嬉しそうに見えたのは、僕の思い込みだろうか。

 誠君までが嬉しそうに、いずみさんと渡瀬さんの顔を見た。


 終始笑顔を見せてはいるが、渡瀬さんはここまで何も発言していなかった。

 コンサートの時もそうだった。

 元々彼女は寡黙かもくな人なのだろうか。

 あるいは、この集会のことを、今日いずみさんから突然知らされたとしたら……

 初対面の人が二人も居るんだし、喋らない方がよっぽど自然かも知れない。

 残念ながら、僕の事も誰だか分らないようだ。

 だからこそ僕は平静を保っていられる。


 結局、明菜ちゃんの灯火ファン歴は、いずみさんと同じだった訳だが、ファーストアルバムを買う為に、お母さんに家事手伝いを申し出たら、一週間こき使われたと云うエピソードを披露した。


 注意して見ていると、誠くんの視線は、渡瀬さんの辺りを行ったり来たりしているようだ。

 ひょっとして彼は、姉の友人でかなり年上の女性に恋しているのかも。

 女の心理よりは、男の気持ちの方が僕には遥かに分りやすく、暫くするとそれは確信に変わった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る