第48話 灯火ファンの集い

 談話室で腰掛ける前に、いずみさんがそれぞれの名前だけを一通り紹介した。


 今日のいずみさんは、七部袖のカットソーとゆるめのジーンズだ。

 真夏にしては露出は少な目だが、相変わらず病人には全く見えない。

 タッパがあるので、ゆったりしたジーンズでもすらっと見える。


 一昨日は上下紺色ジャージだった誠君も、今日は彼なりにおしゃれして来た様子だが基本的に動き易さを重視しているようだ。

 黒の細身の綿パンはストレッチ素材。ベルトはインディオ風で、数色の紐を編み込んだものだ。足元はアディダスの黒いスニーカーで決めている。上の方は、Tシャツに大きめのタンクトップを重ね着して、色はダーク系で統一していた。


 ジャージの時には気付かなかったが、撫肩なでがたに見える肩の筋肉はよく発達しているようだ。

 袖からのぞく腕は見るからに強靭そうで、今年の早春まで、彼が中学生だったとはとても思えない。

 僕は何となく、誠君に威圧されているような気がした。


 正式な紹介がまだ済んでないあの人に、直に目を向けることはできなかったが、いずみさんを見る時に、僕は知らず知らず盗み見をしていた。


 渡瀬さんはあの日、とてもカラフルで個性的な服を着ていた。

 市販されているようなものとは、雰囲気がどこか違っていたことを覚えているが、今日の服装からはむしろ大人しい印象を受けた。


 トップスは、あまり目にしない斬新なデザインだが、色使いは押さえられている。

 美大生という事を考えれば、自分自身か友人によるオリジナルデザインと云う可能性も大きい。

 ボトムスは黒いミニスカートで、これはかなり普通っぽい印象だ。

 今日は衣服よりもヘアスタイルの方が気になった。

 毛先が外側にわずかに跳ねた瑞々しいショートヘアで、渡瀬さんにはよく似合っていた。

 軽快な服装ともマッチしている。


 それでも僕はどこと無く違和感を覚えた。


 全体を捉えて見た所、ミニスカートから露出した脚は、気持ち良く伸びていてとても綺麗だ。

 脚フェチの僕は、下の方を見過ぎないよう十分に注意を払った。

 美脚と比べて、渡瀬さんの上肢は単純に美しいとは言い切れない。

 長い腕は一見して細く感じるが、二の腕など寧ろ強靭に見える位だし、肘から先の前腕も女性的な弱さなどは微塵も感じさせない。

 細い手甲と長い指先は、男性的とまでは言わないが、ごつごつと節くれだって見える。

 その外では大き目のリストバンドが目に付いた。


 あの日とても柔らかで繊細な優しさを感じたあの手と、このごつい印象を与える手は果たして同じものなのだろうか……

 一度渡瀬さんと目が合ったが、僕から目を逸らしてしまった。


 顔が小さいせいか、黒目勝ちの目は大きく見える。

 ちょっと見には、いずみさんより年下に見える位なのに、ふとした表情が異常に大人びていた。


 この一週間位、僕が勝手に育て上げたイメージと、目の前の渡瀬さんはかなりの点で相違していたが、神秘的な印象だけはあの時のままだった。


 いずみさんが『灯火ファンの集い』について、簡単な趣旨説明をしてみせたが、僕は全く信じなかった。


 それぞれが二言、三言の挨拶を交わした中で、渡瀬さんは微笑むだけだった。


 いずみさんの提案に従って、僕らは病院最上階のラウンジへと、場所を移すことにした。

 トップラウンジには既に多くの利用者がいたが、運良く線路の見える窓側にテーブル席が一つ空いていて、僕らはそこに陣取った。

 隣のテーブルまでは、ゆったりとスペースが取られていて好感が持てる作りだ。


 五人中四人はコーヒーか紅茶をオーダーしたが、誠君だけが大盛りのカツカレーライスを注文した。


 ガラス面積が広く眺望は十分だったが、ゴミゴミした地域に建つ病院からは、眺めたいものは中々見つからない。

 防音対策はしっかりしていて、直ぐ側の線路を列車が通り過ぎた時も、騒音はさほど気にならなかった。

 会話するだけなら、ここは申し分ない環境と言える。


 注文の品が来るまでの間を利用して、僕たちは順々に自己紹介することにした。

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