第47話 合流

 長いメールの最初は、小説の感想に対する感謝文だ。

 二つ目に、株式投資は今休止中であることを書いた。

 最後に、一緒に行ったコンサートで、ラスト三十分間をほったらかしにした理由に触れた。

 灯火の喉が初日よりもさらに悪化していたこと。

 その結果、数分間の中断騒動に繋がったこと。

 にも関わらず、再登場した灯火が見事な復活劇を見せてくれたこと。

 それがイエスの復活と重なって見えたことなど、感激がとても大きかったことを説明した。


 その長いメールの方は、僕のことをよく知ろうとしてくれる、健康な女性へ向けて送信した。

 短いメールは、僕の心を翻弄ほんろうする療養中の女性へ。


 二人の女性の共通点は、二一歳前後の年齢だ。

 ぴちぴちの若さと、大人の理性を備えつつある魅力的な異性。

 二人の女性の相違点は、明菜ちゃんが比較的分りやすく、いずみさんは何を考えているのか分らないことだ。


 僕は元々、女性心理については基本的にうとい訳で、明菜ちゃんのことも漸く分り掛けて来たばかりだ。

 精神的成長期にある未熟な男子が、

魅力的な分だけ危険な、小悪魔とも天使とも分らぬ二人の若き女性に加え、

さらに神秘に満ちた美人をまじえて、謎の集会に参加しようなどとは、もはや丸腰で魔物の潜む千尋せんじんの谷に飛び込む試練と変わる所が無い。

 危ういのは肉体や生命では無いが、精神的には絶体絶命、風前の灯火ともしびだ。


 度胸を欲する小心者しょうしんものは、未知への冒険に対する大いなる恐れと、明日あの人に会えると言う小さくはない期待の間で、上昇と降下の波でチャートを描き出し、思考回路はショート寸前だ。

 したがって、その夜僕が何時に眠りに落ちたのか、記憶の欠片かけらも無い。



 土曜日午前中は明菜ちゃんの勤務がある。

 待ち合わせは軽食を兼ねて、店とは反対側の、稲毛駅東口にあるドトールに決めていた。

 僕は正午丁度に来ていたが、十五分過ぎにやって来た明菜ちゃんの「待った」と云う挨拶に対し「今来たばかりさ」と答えた。


 僕はテーブルに読み掛けの文庫本を置いて、二人して注文カウンターへ行った。

 好きな女の子と一緒に食べると、スパイシーミラノサンドは一段と美味しかった。

「幸せは最高のソース」僕が今思い付いた言葉だが、恐らく同じことを言った先人せんじんが何人も居る筈だ。


 直後、午後二時の不安が、裏返しの様に頭をもたげて来る。

 僕は自分の口の動きを止めて、目前で展開される咀嚼そしゃく運動を眺めた。


「そんなに見ないでよ! ミルクレープにしとけば良かった」


 口許くちもとをほんの一部だけ隠しながら、明菜ちゃんは、ジャーマンドックを頬張り続けた。

 異性の前で食べるには、いささか豪快過ぎる食品だが、案外と大きな口を開けて、いかにも美味しそうに食べるので、僕の不安は一時的に小さくなった。


 二人はそこで多少のおしゃべりをしてから、頃合を見て船橋に向った。


 行く途中、自作小説の話が出なかったことには正直ほっとした。

 新作を完成したら、真っ先に明菜ちゃんに読んでもらおうとの思いは、やぶへびになるのでもちろん伝えなかった。

 しかしながら、この時僕は、あの人と再会しても、心は決して揺るがないと云う、根拠の無い自信が芽生えたことに気がついた。

 明菜ちゃんに対する気持ちは、好き度が一段上がっていた。



 僕たちは船橋中山病院四階、外科病棟のナースステーションで、お見舞い者ノートに記名した。

 直ぐ上段に渡瀬奈緒美の名があった。

 揺るがない筈の気持ちは既に揺れ始めた。


 左側の右カーブした廊下を進んで行くと、突き当たりにある談話スペースで、人影が一つ立ち上がるのが見えた。

 背の高い女が一人、手を振って小走りに近寄って来る。

 残った二人もその場に立ち上がった。

 一人は小柄な女で、もう一人は背の高い男だ。

 やって来たいずみさんは、先ず明菜ちゃんに挨拶をした。

 返した挨拶をみると、明菜ちゃんが、いずみさんに対し改めて好印象を持ったことが分った。

 いずみさんは中々の社交家だ。


 誠君と並んで小柄に見えた女は、合流してみると、一六二センチの明菜ちゃんと変わらなかった。

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