第42話 いずみの弟
「姉さん、ここに居たのか」
「まこちゃん、来てくれたの」
上下紺色のジャージを着た、背の高い少年が立っていた。
彼は背負っていた、シルバーカラーの大きなバックパックを脇に下ろした。
夏休みのクラブ活動の帰りのような少年は、体幹が強そうな体格で高校三年生位には見えるが、やや丸顔の童顔から受ける印象ではもっと年下か。
眼差しは
「姉さん、こちらの人は」
優しい響きを持つ声だ。
いずみさんは少年と僕を交互に見た。
さっきまで真剣な目をしていたのに、今はイタズラっぽい笑みを浮かべていた。
「西田さんよ。
トモヤンさんて言った方が分りやすいかな」
相手はだいぶ年下ではあるが、僕は先に礼をした。
眉を上げて少年は目を見張った。
数秒後、思い出したように少年は礼を返した。
いずみさんは手で口もとを隠しながら、少年を僕に紹介した。
彼の様子が、いずみさんには余程おかしいようだ。
「弟の誠です。
まだ高校一年生ですが、背ばかり大きくなっちゃって」
そう聞くと、童顔というより年齢相応にあどけない所もある。
僕を上から下に眺めてから、背を向けた少年はガラス越しに遠くをじっと見つめた。
一体何を見ているのか、その方向には総武線の防音壁しか見えないが。
まだ彼に見られているような気がした。
僕の気の回し過ぎか。
それにしても、僕をトモヤンと紹介したのは何故なのか。
少年があまりに無愛想なので、つい、いずみさんに訊きそびれてしまったが。
僕といずみさんは、話題を変えて二つ三つ言葉を交わしたが、話は終わったも同然だった。
いずみさんは、少年の横顔に目をやってから僕に向き直った。
「またメールしても良いですか。
灯火ちゃんの話もしたいし」
「ええ。みんなで灯火の話をしましょう」
この言葉を最後に、僕は病院を後にした。
今日から日曜日までは、また明菜ちゃんの居ないバイトだ。
いつもなら物足りなくて長く感じる筈の、木金のコンビニ勤務は、円城寺いずみの言葉が気になって、注意散漫気味のまま時の経過すら忘れていた。
定時に行うべき、食品の賞味期限チェックを忘れてしまい、杉村さんから
「どこか調子でも悪いの智也君」
と心配される始末だ。
心ここにあらずと見えたのだろうが、その通りだった。
明菜ちゃんを週末デートに誘う計画もまだ実行に移してない。
いっそのこと、明日の仕事前に明菜ちゃんと会えないだろうか。
突然、明菜ちゃんを誘ってはいけないと云う、強い観念に僕は襲われた。
いずみさんの言葉のマジックに縛られたのかも知れない。
こういうのを何と言うんだっけ……僕は
帰宅時刻は十一時半前後になる方が普通だが、その夜の帰宅は十一時十五分丁度だった。
十一時の閉店時刻少し前からレジチェックを始めて、金銭の計算が合い特に報告事項も無い時には、
オーナーの広岡さんへの引継ぎと、店の戸締りと着替えを済ませ、寄り道せずにバイクで帰ればその時刻に帰ることができる。
雑念に溢れていた割には、順調な一日だったと言える。
知人のブログを回遊後、メールチェックしてみると、期待した通り円城寺いずみからのものがあった。
『 西田智也様
円城寺いずみ
今日はわざわざ病院まで来ていただきましてありがとうございました。
大事な話の途中で弟が入って来て、中途半端になってしまってごめんなさい。
それに弟の態度と来たらあんなで、大分気を悪くされたかと思いますが、誠はあれでも気の優しい子で悪気は無いのです。
ただ姉の私から見ても、誠は若過ぎて純粋だから……
本論に入りましょう。
智也さんが本当に望むのであれば、奈緒ちゃんに紹介したいと考えています。
奈緒ちゃんにはきっと智也さんみたいな人が似合うと思うし、あなたは奈緒ちゃんにとって必要な人になれると思います。
何故私がそう思うかは、今は訊かないで。
あの時も言いましたが、彼女ともしも交際するようになったら、他の人とは交際しないで下さい。
絶対奈緒ちゃん一人に限定して下さいね。
私の条件は今の所それだけです。
まだ外にも色々あるんだけれど、二人が交際する前からあれこれ言ってもしょうがないですから……
コンサートのお連れの方との交際が、今以上に進まないように祈ってます。
もしあの人との交際がかなり進んでいたり、進めようとしているなら、このお話は全てお忘れ下さい。
お返事はできれば早い方が良いな。
それが良い返事だったら、なるべく早く奈緒ちゃんと会える様にセッティングしたいと思います。 』
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