第41話 何故そんなことを

「何年生」

 思わずそう訊いた。


「美術学部グラフィックデザイン科の二年生」

 いずみさんはすらすらと答える。


「グラフィックデザインって、どんなことを勉強するの」

 ついつい、僕は質問を重ねた。

 知りたいのは、いずみさんのことか、渡瀬さんのことなのか、自分でも良く分からない内に。


「主に勉強してるのは、コンピュータグラフィック、略してCGかな」

 わずかに含み笑いしながら、いずみさんは答え続ける。


「CGってTVゲームなんかで使われる技術だよね。二人共凄いんだ」

 僕は、興味の重心を意識的に勉強内容に移し始めた。がつがつしているようには見られたくない。


「まさしくそういうヤツですよ。それほど凄くはないですけどね」


 軽くいずみさんにいなされてる感じだ。


「卒業したらどんな所へ行くの」

 僕自身はそれほど興味がある訳では無いが、学生が関心を示す話題にシフトして行く。


「広告関係とか、TVゲーム業界とかになるのかな。まだ決めてないですけど」

 美大の学生の進路がそのような方面だとは知らなかった。僕は初めて美大生の進路について興味が湧いた。


「文科系学部の学生みたいに、遊んでる暇は無さそうだね」


「遊びたいし、少しは遊んでもいるんですが、二人共千葉県から八王子まで通っているから通学時間は長いし、終電とか帰りの時刻表が気になっちゃう」

 いずみさんは屈託なく笑った。


「八王子じゃ大変だ。いずみさんは船橋なの」


「私は下総中山、奈緒ちゃんは市川の真間」


「市川の真間」

 僕は思わず、そう繰り返してしまった。


 いずみさんは僕の目を見て、さもおかしそうに笑った。

 どうやら僕は真剣な表情をしていたようだ。


「やっぱり会いたいんでしょ」


「ええ、まあ」

 どうやら自分の気持ちがばればれなようなので、素直に答えた。


「奈緒ちゃん、綺麗だからね」


「いずみさんも美人です」


「あ・り・が・と」


 不覚にも顔が熱くなった。

 女は苦手だ。

 でも僕は、その女の一人に会いたくてここに居る。

 いっそのことカッコつけず、率直に訊こうか。

 そう思う矢先から、僕の質問は回り道をする。


「いずみさんは幾つですか」


「奈緒ちゃんは二十三」


 いずみさんは、僕の困った顔を見ておかしくてたまらないようだ。

 こちらの方がたまらないのに。


 小意地の悪い女。

 照れ笑いを装いながら、僕は外の街並みに目をやった。


「調子に乗り過ぎたみたいでごめんなさい。

 私は四月に二十一歳になりました」


 いずみさんは勘の鋭い人だ。

 僕の心理は殆ど読まれているみたいで、どっちが年上か分らない。


「僕は二十四、来月で二十五になります。

 僕の気持ちはお見通しみたいなので素直になるね。

 渡瀬さんは二年生なのに二十三歳なんですか」


「浪人してるからね、奈緒ちゃんは。

 私は一年留年してるけどさ。

 彼女、藝大志望で四浪もしちゃったの」


「四浪も!」


「西田さんは彼女とかいるんですか」


 不意の質問を受けてどぎまぎした。

 よく考えもしないで、彼女とか恋人は居ないと答えた。


「コンサートで連れてた人は。

 西田さんの付き合っている人じゃないの」


 今度こそ僕は詰まった。

 いずみさんは、僕の記事を読んでメールして来たのだ。


「……あれが実は初めてのデートで、付き合ってもらえるかどうか、まだ分らないんだ」


「本当に?」


 この時いずみさんが、どうして喜んだのか僕には全く分らなかった。


「その人のこと諦められますか」


「どうして」


「だって、二人の人と同時に付き合っちゃいけないでしょ」


 悪気がありそうには見えなかったが、押し付けがましさを感じた。

 どういうつもりなんだろうか。

 僕の返事を待たずに、いずみさんは更に追い討ちを掛けて来た。


「もし奈緒ちゃんと付き合う気があるなら、絶対傷付けちゃいけないんだよ」


 あの人との交際なんて、そこまで考えてなかった。

 僕はすっかり舞い上がった。


「そんなこと君に言われても、渡瀬さんのことを僕は全然知らないのに。

 彼女だってそれは同じだろ。

 一体どうして君は、僕とあの人が付き合うと思うんだい。

 それに、傷付けられたことはあっても、女の子を傷つけたことなんか、僕には一度だってないよ」


 いずみさんからじっと見つめられて、心の全てが読み取られているような不安を感じた。

 僕は溜息をついた。


 いずみさんは静かに口を開いた。


「自分で気付かない内に、女の子の心を傷つけたりしたこと全然無いの」


「それは……分らない」


 全く自信が無かった。

 そのつもりがないのに、母から無神経なこと言わないでと、注意された記憶なら幾つかある。


「分らないよね。でも、それじゃダメなの……」


「どういうこと?」


 いずみさんは沈黙する。


 不意に、背後から若い男の声がした。

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