第40話 二人の愛読書
別段眠っていた様子はなく、彼女は今落とした文庫本を横になって読んでいたらしい。僕は駆け寄りそれを拾い上げた。
表紙の無いベージュ色の本をひっくり返すと、表には『都市伝説セピア』のタイトルがあった。
小説の作者は僕の大好きな
軽く埃を払った本を彼女に手渡した。
「ありがとう。西田さんですね」
円城寺さんは、渡された本と僕を見比べてからお礼を言った。
「初めまして西田です。円城寺さんは小説が好きなんですか」
自分の好きな作家の本が出てきたので、自然の流れでそれを話題にした。
「普段はあまり読まないんですが、ここに居ると外にやることがあまり無くて」
円城寺さんはせまい病室を見渡しながら、そう返した。
「僕もそれ読んだことありますよ」
そう言うと、円城寺さんは、はにかむような笑顔を見せた。
本のおかげで緊張せずに会話が始められた。
寧ろ初めにメールして来た筈の円城寺さんの方がぎこちなかった。
相手の緊張が分ると、僕はその分逆にリラックスできて、漸く相手の観察ができるようになった。
見た目、円城寺さんは明菜ちゃんと同じ位の年齢だ。
肌は透き通るように白いが、色艶は悪く無く病人には見えない。
この後、僕に慣れてから見せた屈託の無い笑顔は、若さが弾けて健康そのものだった。
「西田さんも朱川湊人ファンですか」
「多分最新刊のもの以外は殆ど読んだかな」
「すっごい、立派な朱川ファンじゃないですか」
「そうなるかな」
そこで周囲を見渡した円城寺さんは提案した。
「皆さんにご迷惑でしょうから、談話室へ行きましょう」
僕が目を逸らす間もなく、円城寺さんはパジャマの前を軽く整えて、するりとベッドから抜け出した。
流れるような俊敏な動作から、彼女はどこも悪く無いように見えた。
振り返ると、同室の三人が三人とも僕たちに注目している。
恥ずべきは僕の方じゃない筈なのに、頬が熱くなった。
人生経験十分なおばさま達は、悪びれるどころか、僕の反応を見て若いって良いわねぇなどと笑い合ってるから始末に悪い。
僕はうつむきながら円城寺さんの後に続いて病室を出た。
その直後、病室の中でどっと笑い声が響いた。
僕の出現は、退屈な入院生活の暇つぶしのネタになったようだ。
円城寺さんは談話スペースのある右へ向った。
横になっている時には、手が長いこと位しか分らなかったが、円城寺さんは背が高かった。
どことなく似た顔付きや、ヘアスタイルや、雰囲気まで含めて、メジャーな女優になる前の戸田彩を五、六センチ位高くしたらこんな感じかなと思った。
ちなみに公式ホームページのプロフィールによれば、戸田彩の身長は確か一六二センチ位だった筈だ。
そう思うと、喋り方や声まで似ているような気がして来るから不思議だ。
こうやって男女の仲は、お互いの勝手な思い込みで進展して行くのだろうか。
僕はそこで強く自戒した。
(あの人と会いたくてやって来たのに、別の女性に目移りしていてどうするんだ、智也!)
先程の人影は既に無く、七、八人は楽に過ごせそうな見晴らしの良いスペースで、僕たち二人は、右奥のガラス越しに大駐車場を見下ろす形で席を取った。
円城寺さんと同室のおばさん達が、廊下から覗いたとしても死角になる位置だ。
円城寺さんの手には文庫本があり、ここでも会話の切っ掛けになってくれた。
「西田さんは、この本の中ではどれが好きですか」
「最後の『月の石』はまだ読んでないんだ。外の四つの中では『昨日公園』かな」
「私と同じだ。あれ、懐かしくて切なくて最後でまた暖かな感じがして凄く好き」
「どれも懐かしい感じがするけれど『死者恋』は怖い」
「あれは超怖い~」
好きな本と言う共通点があるだけで、僕は円城寺さんから信用されたようだ。
僕達は
円城寺さんは漸く本題に入った。
「あの日、西田さんの隣に座った女の子は
「わたせなおみさん……円城寺さんの友達ですか」
「私のこと、苗字より名前で呼んでもらえますか。
いずみちゃんでも、せんちゃんでも、どちらでも良いですから」
「だったら、いずみさんで。
僕の方は上でも下でも、どちらでも良いですけど」
「じゃあ西田さんのままで行きますね。
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