第39話 いずみの病室へ
昨夜までゲーム感覚を残していたメールのやり取りは、仮想世界から現実世界へと変貌を遂げた。
返事の文面を考えるのに、たっぷりと一時間位は掛かった気がする。
出来上がったメールを送信する時には、僕のパルスはストップ高寸前だった。
あの人に会えるかも知れない!
返事は翌日のお昼頃届いた。
『 西田智也様
円城寺いずみより
私の馴れ馴れしいメールに対して、ご丁寧なメールをお返しいただきありがとうございます。
私が外へ出られれば良いのですが、今の所外出許可は出そうにありません。実は私入院しているんです。
もしよろしければ、船橋中山病院外科病棟の病室を訪ねてもらえると都合が良いのですが。
うつる病気ではないし、四人部屋の外の患者さんもそんな心配はありません(笑)
勝手なことを申し上げていますが、西田さんのご都合はどうでしょうか。
尚、お見舞いができる時間帯ですが、午後二時から七時までの間ならいつでも大丈夫です。 』
僕は思い切って、今日はどうでしょうかとメールした。
返事は思いの外直ぐ返って来て、楽しみにしてますとあった。
最近の僕は、自分でも信じられない位積極的かつ行動的になった。
その結果、一週間前までの日々変わらぬ世界は一変した。
この不安定な世界は僕に何をもたらすのだろう……怖がってはいられない、もう動き出してしまったのだから。
午後四時の勤務に戻って来られるように、午後二時には向こうに着いていなければならない。僕は邂逅の日と同じ格好をして家を出た。
JR船橋駅は、総武快速線を利用すると、稲毛駅から父の事務所のある津田沼を経由して次の駅だ。この時間帯は一般車両でも
船橋が近付くと、確かに左側に丸い大きな建物が見えた。あれが船橋中山病院らしい。
途端に動悸が早くなる。
行動は積極的になっても、度胸の方はまるで追いついて来やしない。笑えるよ。
線路沿いで迷わずに済むと思ったのは間違いだった。
船橋駅を降りてからの道は、細い道が入り組んでいて分り難かった。線路を目安に適当に進んだ。
やがて丸い先端が、建物の狭間から見え隠れするようになった。二時過ぎに目的地に辿り着いた。
フロントにある案内図で、四階外科病棟を確認して上がってみると、正面にナースセンターがあった。
喫煙所や電話コーナーは、ナースセンター周辺にあり、二つの談話室は右手廊下と左手廊下の奥に設置されている。全体に清潔感のある近代的な作りだ。
お見舞い者ノートに名前を書かせられた僕は、円城寺さんの病室が、左手廊下右側の奥から二番目であると教えられた。
右カーブの廊下に響く自分の足音を聞きながら、僕は奥へと進んで行く。
一歩進む毎に、見知らぬ人と会うことが重荷になって、首筋から肩にかけて鈍い痛みを感じた。
奥の談話室に二つの人影が見えた。
右側病室をそこから逆算すると、次の入口が目的地のようだ。
動悸が早くなる。早く円城寺さんと会って話をしたい。そうすれば動悸は静まる筈だ。直前の緊張感が嫌で嫌でたまらない。この性格どうにかならないのか!
自分でも分る強張った表情で病室の名札を確認する。ここだ。奥の窓側へ向って歩んだ。
外来者を認めた患者さんが僕に礼をする。
微笑んで頭を右に左にと下げてはみたが、僕の引きつった笑顔は、ここの人達にはどんな風に見えただろうか。
矛盾しているようだが、年配の女性からどう観られようと僕は構わない。
中庭に面した窓側右手の年配の患者が、向い側で横になっている人に声を掛けた。
「いずみちゃん、お客様よ」
声を掛けられた女性は、直ぐ身体を起こした。
その拍子に何かが床に落ちた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます