第3章 邂逅と再会 後編

第36話 円城寺いずみのメールと、苦い経験

『 ブレイン・スペース・ウォーカーのトモヤン様


 いきなりメールしてごめんなさい。

 トモヤンさんが書いた灯火ちゃんの記事を読みました。


 実は私も灯火ちゃんの熱心なファンの一人で、時々『灯火の間』のブログを見てるんですよ。

 あちらの記事の中で、トモヤンさんの熱烈コメント(笑)を読んで、リンクから、あなたのブログへジャンプしてみました。


 実は、私も家から近い東京か、埼玉のコンサートへ行ってみたいと思ってました。

 ツアー関係の記事をサーフィンしていたら、埼玉では灯火ちゃんの調子がかなり悪かったと、色々な所で書かれていて、とても心配してたんです。


 あの埼玉の記事、コンサートにたどり着くまでもスリルがあって、おもしろく読ませてもらいました。

 トモヤンさんは、作家志望の方でしょうか?


 私がこのメールを書いた理由は、記事の感想を言いたかったこともあるのですが、他にも理由があるのです。


 あの二日目の記事で、トモヤンさんが隣の人のことを書いていましたよね。

 あのボロカスの方じゃなくて(笑)、女の子の方ですけど。

 多分、私の知人だと思います。


 もしかして、あの子に興味ありますか?

       いずみより


追伸…友だちは、せんちゃんと呼ぶので、私の名前が泉だと思っているみたいですが、平仮名なんですよ(笑)

 あはは、余計なことでした、すみません。  』



 あの人の知り合い。

 友達なのかな。それとも!


 僕が最初に辿り着いた考えは、かなり的外れなものだった。

 文面を読み返せば、簡単に分ることだったのに……


 アイツか! 

 あの腐れ男が、女の子のふりをして、メールして来やがった。

 バカが、そんな見え透いた罠に、誰が掛かるかよ。

 そう考えたのだ。

 僕にはあの苦い経験があるから……



 小学校から中学校に変わる頃、僕の家は引越しをした。

 前の所からそう遠くは無いが、級友達が進学した中学校とは違っていたし、歩いて行けるほど近くはなかった。


 中学校にも慣れた最初の夏休みに、自転車で以前住んでいた所を訪ねたことがあった。

 その時、小学校の近くで声を掛けられた。

 今考えてみると、そこは友達の殆どが進学した中学校の方によほど近かった。


 僕に声を掛けた少年は、小学校では隣のクラスだった。

 彼のことを思い出すのに、数秒を要した位だ。

 それでも数ヶ月ぶりに会った知人から、親しげに声を掛けられて嬉しかった。

 隣のクラスのヤツでも、僕を覚えていてくれたのかと。


 どうしてると訊かれて、新しい学校にもすっかり慣れたよと答えた。

 すると彼は、僕のクラス仲間の名前を出して、今家に遊びに来てるけどオマエも来ないかと訊いた。

 その子と特に親しかった訳じゃないが、かつての級友は懐かしかった。

 家はすぐ近くだと言うので誘いを受けた。


 自転車を押しながら皆が進んだ中学校の話をした。

 間も無く、似た様な小さな家ばかりが立ち並ぶ一角に出た。

 その内の一軒が彼の家だった。


 僕は新しい自転車を、庭の中へ入れさせてもらった。

 小さな庭は、道と隣家から垣根で仕切られていた。

 赤錆の浮いた粗末な鉄柵の門が、彼の手によって閉じられた。


 そこで待っていてくれと言われた僕は、縁側でこちらを眺めている、大人っぽい中学生数人に気がついた。

 あの中の一人が僕の級友だろうか。

 知った顔はその中に無かった。


 アイツに手招きされた時、悪い予感がした。

 僕は慌てて鉄柵のカンヌキを外し、自転車を出そうとしたが、後ろから手を掴まれた。

 振り向くと、僕は四人の男に囲まれていた。

 僕の手を掴んだのはアイツだった。


「テメエ、あの時のこと覚えてるだろうな」

 僕は黙っていた。


 六年生の二学期か三学期か忘れたが、廊下で擦れ違った時、アイツが何かを落とした。

 拾えよと言われて、なんでだよと答えた。

 始業のベルが鳴って、皆が教室へ入ろうと急いでいた時だ。

 ぶつかったろと言われ、うるさいと答えた。

 アイツが僕の手を引っ張ったから、手を振り払って腹に軽く一発拳をぶち込んでやった。

 アイツは黙って俺を睨みつけた。

 それっきり卒業まで、アイツとは何も無かった。

 僕はあの事をすっかり忘れていたが、アイツは全く忘れていなかった。

 そういうことだ。


 多少手加減されたとは言え、心も身体もぼこぼこにされた。

 仕返しを受けていた時の、彼らの会話から、一人はアイツの兄貴で中学三年生、外の二人はその同級生らしいと分った。


 僕はあれ以来、懐かしい筈の小学校近くへは寄り付かない。

 臆病なのかトラウマなのか、そんなことは考えた事も無いが……

 しばし遠い昔から記憶の断片が蘇ったが、それは長くとどまる事無く、元通り記憶の彼方へと去った。

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