第31話 危うい感じ

「あの女の人、とても綺麗だったね」


「そうかなぁ」

 最初のジャブは僕の顔面を軽くヒットした。

 そんなにはっきりと、明菜ちゃんはあの人を見たのか、、、


「智也さんだって見蕩みとれていたでしょ」


 セカンドショットも鋭い。

 なんと答えるのが良いか分からず、一言だけ返した。

「まあね」

 

「女優の堀川真希ちゃんに、どことなく似ていたんじゃない」


「誰、その人、俺知らないなぁ」

 話題をそらしたくて、少しとぼけてみた。

 僕がそらすことができたのは自分の顔だったが、、、


「『Once upon a time, 二丁目の夕日』まだ観てないかな」


「観たいと思ってたけど、まだ観てないそれ」


「真希ちゃんが出てるから観なさいね」


 話題が少しそれつつある。

 僕はそれに乗った。

「DVD借りてみるよ」


「フジヤマフィルムのCMにも出てるよ」


 いい感じだw

「どんなやつ」


「長瀬とキキキリンがやってるCM」


「あれかぁ」


「もう一人出て来る女の子が、堀川真希ちゃんだよ」


「ダメだ、イメージ浮かばない」


 明菜ちゃんの屈託くったくが無い様子から、

ちくりちくりと、僕をいじめる意図いとが無いことは明白だった。


 それでも僕は、堀川真希からあの人へと話題が戻るのを恐れていた。

 一時、僕の名前に関することに、話題が移りかかった時はほっとしたのだが……


「そう言えば智也さん、長瀬君と同じ名前だね」


「あんなにカッコ良くないけどね、実は漢字も同じ」


「へぇ、そうなんだ!」


 明菜ちゃんはそう答えたきり、急に黙り込んだ。


「どうかした」

 小さな不安を感じた。


「あの人のこと考えてた」


「あの人って」


 そう訊いたが、僕も黙り込みたくなった。嫌な予感だ。


「智也さんの隣だったあの人……なんか気になるんだよね」


 自分でいた種だからしょうがない。

その話題から逃げることをあきらめた。


「どうして。俺があの人見てたから」


「ううん、そういうのじゃなくて……あの人、自分を捨てている。

 そんな危うさみたいなものを感じたの」


「え」


 何故あの人が自分の手に触れたのか、

それだけで頭が一杯になって、

あの人の持つ雰囲気に、

明菜ちゃんの感じた、

危うさがあったなんて、

僕には全く分らなかった。


 今そう言われてみると、

普通の人とは、全く違った印象を受けたのも事実だが……


「あの人、どうして智也さんの手に触れたんだろう」


「知ってたの」


「二回もね」


「見たの」


「まあね。

 灯火ちゃんがラストの『ライトニング』を歌い始めて、

会場のみんながスタンディングしてるから、

私も立ち上がって手拍子を打ち始めたんだ。

 智也さん、まだ立たないのかなって、

振り返った時見ちゃった」


「あの時、実は、泣いてた」


「みたいだね。ボク驚いたもん」


 明菜ちゃんは思わず自分の口を塞いだ。


 それでも、コンサート会場へ向かう車中の様に、感情を乱すことはなかった。

 むしろさばさばして見えた位だ。


「俺もびっくりした」


「手を触れられたから、

それともハンカチを貸してくれたから」


 明菜ちゃんは、少し意地悪そうな目付きでそう訊いた。


 ボクという呼び名を使った、バツの悪さを隠す為だったのかも知れない。


 何かトラウマがあるのか。

 そしてあの人にも……


「両方かな」

 照れ隠しに、僕は笑うしかなかった。


「直前まで灯火ちゃんに浸り切っていたもんね。

 びっくりするのもわかる気がする」


「結構俺のこと見てくれていたんだ。

 明菜ちゃん、ひょっとして俺のこと好き」


 思い切って軽口を叩いてみた。

 軽く流してくれると良いがと、言ってみてから怖れるのは僕の悪い癖だ。


「ううん、どうなんだろう」


 明菜ちゃんは首をすくめて笑った。

 残り少ない中身を飲み干して、

「もう一杯飲んじゃおうかな」

とコップを振ってみせた。


「俺も負けない」


 僕はほっとした。

 失点続きなのに、どうして明菜ちゃんはこんなにも優しいのだろう。


 途端に自分の多情が情けなくなった。

 今もあの人のことが気になって仕方がないのだ。

 こんなに良い娘が僕のそばにいるのに……


 酔いが回ってからの話題は、

二人の普段の生活が中心になって、あの人のことには触れられなかった。


 僕の株式投資については、

明菜ちゃんもかなりの関心を示したが、自分には絶対できないとも言った。

 株の世界はリスキー故に、ミステリアスでアダルトな世界に見えるようだ。


 そこで実績を上げつつある僕に対して、多少とも尊敬みたいなものを明菜ちゃんは感じたのかも知れない。


 僕自身については、こう言ってくれた。

「自分を押し付けないで、

相手の気持ちを考えてくれる所が好きかな」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る