第30話 東京駅から有楽町へ
すると僕は、
灯火に感動して泣いている間、
男の
あんな奴が怖くて、
顔を上げられない臆病者のように。
「こ、怖かったんじゃないよ。
ぜ、ぜんぜん気が付かなかったんだ」
しどろもどろな言い方になった。
まるで、びびっていたことを認めたみたいに。
「よかったぁ」
意外な言葉が返ってきた。
「どうして」
「ううん、何でもない」
それきり明菜ちゃんは口を閉じた。
電車は東京駅に近付いて行く。
腕時計を見ると、午後九時半を回ったばかり。
「東京駅で総武線に乗り換える?
もし良かったら……」
自信喪失気味の僕は、
そこで言葉を切った。
明菜ちゃんの返事は容易に予想できた……
『もう遅いからまっすぐ総武線で帰ろうよ』
そして僕らは沈黙の旅客となって、
明菜ちゃんは途中の津田沼駅で降り、
僕は一つ先の稲毛で降りて、
明日からの二人は、ただの同僚に戻り、
松尾君に対する笑顔よりも、
さらに他人行儀で、冷ややかな笑顔を目にしながら、
僕も
そんなやりきれない毎日が、
必然的にやって来るのだろう。
「もしよかったらって」
予想とは違った。
明菜ちゃんは言葉の続きを要求した。
その目には、怒りとか、からかいなど
「もしよかったら、
東京駅で降りて有楽町の方へ歩いてみない。
安くておいしそうな店が幾つも並んでるんだけど……
ホント、もし明菜ちゃんがよかったらだけどね」
「良いよ。
おいしいものおごってね。
割り勘でも良いけど」
「勿論おごるよ!
明菜ちゃん、
「もしお酒を飲んだりしたら、
色々と訊いちゃうかも知れないけどね」
明菜ちゃんはにっこりと笑った。
明菜ちゃんは本当に怒ってないのだろうか。
この先の展開が少しだけ怖かった。
東京駅丸の内側へ降りた僕たちは、
明菜ちゃんが指差して、声を上げた位綺麗だったが、
そこで飲食する予算は僕には無い。
予定通り二人は、
左手の
有楽町へ向って歩く。
通りの向かい側には中央郵便局が見え、その先に見慣れないビルがある。
この辺も来る度に新しい建物が増えている。
そのビルの左角が丁度交差点で、
新しいビルの入口前には、
レストラン群のサインポールが見えた。
どれも高そうだなと、
交差点を渡った所からは、
鉄道高架下を利用した、小さな飲食店がずらりと軒を並べている。
通りを挟んだ反対側が、東京国際フォーラムだ。
総ガラス張りの、巨大な吹抜け空間を擁する、あの艦船型ビルが
おもしろい取り合わせじゃないか。
飲食店街の一軒目が僕のお勧めで、
安くておいしい焼き鳥屋さんだ。
ここはいつも混んでいて、外まで人が並んでいることは珍しくない。
果たして今夜はどうだろうか。
明菜ちゃんがラッキーガールなのか、
僕らは奥のテーブルへと案内された。
ここなら二人して、腹一杯食べても
庶民的な雰囲気が、二人を
僕の心配を
当たり
東京に住む二人だったら、
とてもそんな話題では盛り上がれないだろう。
しかしながら、二人とも、
通りすがりに見て来た丸ビルと、
中央郵便局と、
東京国際フォーラムの建物だけで、
たっぷり五分間は喋ったかも知れない。
最初の一杯で、
アルコールも良い具合に利いて来た。
二杯目の乾杯をした後で、
遂に避けられない質問タイムがやって来た……
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