第27話 アンコール
一杯一杯の灯火が、
ここのＭＣを、簡単な一言二言で済ませてしまったこと。
それを、僕は物足りないなどとは決して思わなかった。
この状況で灯火に必要なのは、観客を和ませるＭＣなんかじゃない。
傷付いた自信とプライドを、歌うことで取り返すことだ。
この場に参加した大多数のファンも、
一つ前の戦闘で、
傷付いて一時後退した灯火が、
ひるむことなく大逆襲を見せるかも知れない。
そう信じて期待していた。
そして期待は今満たされつつあった。
短いＭＣに続いて、
中期の作品「残された手紙」……
詩の内容からすれば、決して明るくはなく、むしろ鬱々としているのだが、
曲調はわりと軽いので、手拍子など客の反応は凄かった。
知らず知らず、僕も灯火と一緒に口ずさんでいた。
仮締めのラストナンバーは、
リズミカルで超庶民的な、
最新ヒットナンバー
『Try, everybody』
これで乗れなきゃおかしいって！
「帝国の逆襲」も真っ青。
これぞ「
「♪チャレンジしなきゃ、
欲しいのは参加賞なんかじゃない、
私が入賞狙っても良いよね♪」
「♪ちょっと転んでも、
すぐ立ち上がろうよ
ゴールはその先で僕を待ってる♪
♪一度ダメでも、やり直そう。
２回、３回、成功するまで
少しうまくなる、そのコツさえ掴めば、
大丈夫、大丈夫♪」
「♪転ぶことは恥ずかしくなんてない
立ち上がる自分をほめてやろう
自分自身をみとめてやろうよ♪」
これらのフレーズ、一つ一つが、
今の灯火だった。
詩は、
灯火自身と等身大に重なって、
灯火の熱量は、遠赤外線となって、
深く浸透し、心の芯を
それでも、続くフレーズの
「♪耐えきれないストレスなら、
耐えなくたっていい
たまにはパスボールもゆるされる
この長い長いシーズンは、
そんな処で、終わったりしないから♪」
これは十数分前までの、僕の灯火に対する気持ちそのままだった。
しかしながら、その中の「たまにはパスボール」は、
ツアー中の灯火にとって、計算外だった筈だ。
色々あったが、とにかく良かった。
灯火の喉が無事そうで、
劣勢を跳ね返し、見事に復活をなし遂げたのだから。
『Try, everybody』
全ての人に
「情熱」のメッセージを、
全身全霊で受け止めながら、
大観衆は、灯火に乗って、乗せられ、酔い痴れた。
歌い終えた灯火に対し、
天井から十筋ものスポットライトが、
イエスの復活を祝福する、
灯火はマイクに両手を添え、
観客に対し深々とお辞儀をして、
ステージ中央奥へと去って行った。
会場全体の光が落ちて真っ暗になった。
一旦静まった会場の一部から、小さな拍手が起きた。
それは波紋の様に静かに広がり始め、
次第にリズムを伴った波となって、
全体に行き渡った。
みんなの不安や心配は、
灯火復活のベストパフォーマンスが吹き飛ばしたのだ。
アンコールを要求する拍手に、僕も加わった。
一旦は存在を疑ったが、神は信じる者の前に
都合の良い時だけ祈る者達に対して、なんと寛容な御意思だろうか。
自己の思いに浸り切っていた僕は、
自由なお喋りが許される、
灯火再登場までの数分間も、
左側に払うべき注意を忘れていた。
僕は未熟な男だ。
「出て来たよ！」
さっきと同じ言葉が耳元で響いた。
この時の僕も、明菜ちゃんに目をやる事無く、そのまま正面に顔を起した。
ステージ中央奥から、バンドメンバーが出て来た。
足取りは
最後に灯火が顔を見せた。
黒いリボンが僅かにあしらわれている。
ボトムスは、ブルーの
衣装だけじゃなく、表情もすっきりと明るい笑顔だ。
やり遂げた満足感で輝いている。
復活の祝福を受けた
「みんな呼んでくれてありがとう～！
やっぱりこの歌を歌わなきゃ、
ステージを降りられないよね。
デビューソングで、
いつまでも私にとって大切な曲
『オートマモード』
聴いて下さい」
前奏が流れ始めた途端、
じんと
この歌には、
不思議な力が宿っているらしい。
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