第24話 チェロと灯火

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(最初にお詫び: 

  この作品を最初に書いた時は、著作権を意識せず、そのまま宇多田ヒカルの名前を出し、歌の題名も引用する詞もそのまま使いましたが、カクヨムで投稿するために、ヒカルは灯火に変更し、歌のタイトルも、詞も変えています。


  ちなみに私は詞をかいたことがありません。


  24話以降、多くの詞が出てくるため、その詞を変えたために迫力不足になったことを痛感しております。

  ましてや、英語の詞については、英語力不足があって、英文そのものが成り立ってないのではとの懸念があります。

  ここらへんを寛容に見ていただければ助かります。  )

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( ここから本編続きです )



 明菜ちゃんは、何度も、僕に話し掛けていたようだ。


「え」


「えって……もう良いよ」


「……ごめん」


 明菜ちゃんは、僕の顔をじっと見る。


「何だか怖い顔してるよ」


「そうかな」


「何かあったの」


 明菜ちゃんが、話し掛けていた、その内容が少し気にかかった。

「いや別に……それよりさっき僕に何か訊いてた」


「後で良いよ。もう始まるから」


「うん……」


 話し掛けていたのに無視されて、怒っているのかと思った。


 どうも違うようだ。

 明菜ちゃんの表情には、何かにおびえているような影が差していた。


 その理由を尋ねようとしたが、明菜ちゃんの言う通り、大拍手と大歓声が沸き起こっていた。


 シルバーのドレスに着替えた、灯火の再登場だ。


 ここからの三曲は、Light名義による英語ナンバーが続く。


 二つ目の「バーミリオンダスク」辺りは結構難曲だと思うが、三曲のいずれも、無難にまとめていて、声もそれなりに出ていた。


 全米市場を、強く意識したアルバムは、残念なことに、肝心なアメリカ人からも、日本の灯火ファンからさえも、強く支持されたとは言えない。


 この会場でも「エキゾチック」のコーナーは、一部熱狂的ファンだけで盛り上がっていた。


 それ故に、灯火にとっては、比較的、楽な時間だったのかも知れない。


 第三部が終了し、いよいよ、問題の第四部が始まる……


 目にも鮮やかな、真紅のドレスを身にまとった灯火。


 ステージ中央、やや前方寄りに設置された、灯火のスタンドマイク。


 その向って右後方には、巨大なチェロのネックを左手で支えながら、一人の女性が椅子に腰掛けている。


 僕はそれまで構えていた双眼鏡を、そっと膝の上に置いた。


 チェロ奏者は、弓を持った右手を小さく振り上げて、そっと弦に当てる。


 弦と弓が美しく触れ合って、その響きはチェロの巨大な筐体きょうたいの内部で、共鳴して音が磨き上げられる。


 思いがけないほどの、腹に響く重低音が鳴り響き、スーパーアリーナの大空間を、たっぷりと満たして行く。


 暖かく、大いなる力を感じさせる、豊な音色。


 灯火の歌だけに注目していた多くが、この瞬間、伴奏である筈のチェロに聴き入ってしまった。

 僕はそう感じた。


 この素晴らしいチェロ演奏こそ、トラップそのものだ。


 空間を満たし切った、この豊かな音色をバックに、抑制を利かしつつ、主音源としてのボーカルをかなでられる歌手が、果たして何人居るだろうか。


 この種の楽器に主旋律を奏でさせて、歌に合わせようとするなら、それはオペラだろう。


 灯火のハスキーな音質と、繊細な感情を表現する歌には、普通なら適さない、と僕は思う。


 オペラ歌手と、灯火の歌唱力を、単純に比べているのではない。


 楽器と歌唱法、楽器と歌そのもの、両方の相性を言っているのだ。


 灯火以上の、リズム&ブルース・シンガーが、今の日本で、一体どこを探せば見つかるだろう。


 灯火は元々、声量で聴かせるシンガーではなく、繊細な感情を表現するアーティストだ。


 熱狂しやすいコンサートでは、ワンステージ二十曲近くプログラミングする。

 それだけで、灯火にとって危険な時限爆弾となりうる。


 それが僕の見解だ。


 前夜、苦しみぬきながらも、熱唱したチェロパートの三曲。

 最新アルバム「Indigo BLUE」にも収録された、近年のヒットナンバーだ。


 僕に何も出来ないのは分っていた。

 素晴らしくも、恐るべきチェロの前奏の間、僕は心を無にして、ひたすら聴くことだけに集中しようとした。


 トータル十一曲目に当る「Last One」……

「♪あああ、どうかしてるよ

 ♪その手にしたものはなあに

 ♪あああ、意味も知らずに

 ♪元に戻せる術もないのに

 ♪あああ どうかしてるよ♪」


 出だしの中音パート。

 抑制の利いた綺麗な声。

 集中、集中。


「……………

♪手を伸ばす、

♪それだけでいいのに

♪君は手を伸ばさない

♪私は君を救えない

♪君も私を救えない♪」


 音階がどんどん舞い上がって行く。


 どこまで行くんだ……胸が締め付けられる。


「……………

♪Last One.  You are the last one.

♪Last One.  I am your last one.

♪I believe that. I believed that.

♪But I was wrong.

♪But You were wrong, too.

♪There was not anything. There had been nothing.

♪あああ、どうかしてるよ

♪元に戻せる術もないのに

♪あああ♪」


 !

 やっちまった、ついに。

 高く上がるべき所だった。

 そこで下げてしまった……


 前夜も良くはなかったが、下げたりなどしなかった。


 聴こえない声は、心に直接響いて来た。


 僕に権限があるなら、灯火を今すぐここで止めてやりたい。


 明菜ちゃんが、僕に振り返った気がした。


 僕は構わずに、灯火だけを見詰め続けた。


「とうか~」


「とーかー」


 その曲が終わると、幾つか悲痛な声が空間に響いた。


 一つの掛け声と、次の掛け声までの、微妙な「間」が、

この場に交錯する感情の、行き場のない揺らぎを強く感じさせた。


 灯火を止めたかったのは、恐らく僕だけじゃない。

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