第20話 300レベルはスイートシート

 奥へ進むと、右手に短い階段があって、スタンド二階席の、三〇〇レベルへと通じている。


 階段を右に折れ曲がり、上層フロアに出て、左手に少し回った所。

 それが僕たちの扉で、その先の通路は無かった。


 扉口を入ったその時、昨日と違った印象を受けた。


 三〇〇レベル全体が真っ暗で、入口から見える、スーパーアリーナの空間が、横に細長く広がっている。


 全体的にすっぽりと納まって、しっとりとした落ち着きがある。


 前方まで張り出した屋根が、この効果を生み出しているようだ。


 スタンド席では非常にきつかった傾斜も、ここはとてもゆるやかだ。


 端的に言うと、三〇〇レベルは大劇場の貴賓席だ。


 構造的に見ると、二〇〇レベルと呼ばれる一階スタンド席の上に、三〇〇レベルが出窓の様に突き出ていて、上階四〇〇レベル(三階スタンド席)の床と、この屋根が一体になっている。


 アリーナの天井照明が、張り出した屋根でさえぎられて、ここが非常に暗い為、昨日は仄暗ほのぐらく見えた筈の、前方に広がる大空間はむしろ明るく見える。


 四〇〇レベルで感じた、あの飛び出しそうな浮遊感は皆無だ。


 三〇〇レベルの席は、全部で三列あった。

 僕たちの席は、最後列で、左奥から数えて三つ目と四つ目だ。

 左角に近いが、ステージは遠くほぼ正面に捉える事ができる。


 前席とのスペースは、十分に取られていて、飲み物ホルダー付きの小さなテーブルまでセットされている。


 その上、横列六席のブロック毎に、一つずつ、天井から五〇インチの薄型ディスプレーが吊り下げられている。


 スポーツ観戦の時は、注目プレーのスローVTRが、ここに映し出されるのだろう。


 このスイートシートは、明菜ちゃんを十二分に満足させたようだ。


 デートの第二幕は、幸先さいさき良いスタートを切った。


 開演予定の午後七時が迫っていたので、明菜ちゃんから手渡された、三色味のおにぎりと、三角サンドイッチを、そそくさと食べ始める。


 飲み物は三種類もあって、彼女の気遣きづかいが感じられた。

 僕はお茶を選んだが、明菜ちゃんはコーラでおにぎりを食べている。

 えぐい組み合わせを見て、食べ掛けおにぎりが、急に気持ち悪くなったw


 明菜ちゃんは食べづらかったようだ。

 僕が早食いしてしまったせいで、若い女性が一人でもくもくと食べる、そんな構図が出来上がった。


「ごめんね」


 あやまったが、言葉が足りなかった。

 明菜ちゃんはこちらを振り返ったが、表情を見る限り、その意味は通じなかったみたいだ。


 明菜ちゃんは食べるのを途中で止め、匂わないように、残り物を丁寧ていねいに包み始めた。


 さっきの言葉が誤解されたかも知れない。


 気が利かないことばかりで、自分が嫌になった。

 座席のこともそうだ……

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