第18話 気まずい会話

 間髪かんぱつ入れず、

『俺はそんなことしないよ』

 そんな感じで答えて、笑い飛ばしていたら、明菜ちゃんは言い訳などせずに済んだかも知れない。


 しかし、その時の僕は、『ボクの勘違い』というフレーズが気になった。


 だからだろう、僕は無意識ではあったが、曖昧あいまいな笑みを見せながら、目で問い掛けていた。


 明菜ちゃんの目は左右に泳ぎ始める。


「普段は使わないようにしているんだ。

 トモダチと話している時には、たまに出ちゃうことある……ごめん」


 明菜ちゃんは、口を突き出すようにすぼめて下を向いた。


 どうやら、彼女が言い訳しているのは、自分に対する呼称『ボク』の方だけらしい。


 僕が気になったのは、『ボク』の部分もあるが、寧ろ『勘違い』の方に比重があった。

 バイト勤務中、僕に、どこかストーカー的な所作が、見え隠れしていたのではないかと。


 明菜ちゃんのあやまる様子から、

『ボク』という一人称には、電話男以上の別のトラウマを感じた。


 気にはなったが、今は状況を変えたかった。

 何でも良い、何か喋らなくちゃいけない……


「あやまる事なんて別にないじゃん。

 僕も時には、俺とかオイラとか言っちゃうし」


「そんなのとは全然違うよ。

 私はその呼び方を使いたくないの」


 突然バランスを崩した明菜ちゃんが、僕の方へつんのめり掛けた。


 受け止めようとした僕も、慣性の法則には逆らえず半歩下がった。


 二人は直ぐバランスを取り戻し、お互いに苦笑いする。

 強めのブレーキがかかった電車は、間も無くホームに停車した。


 乗り換えの都合か、この駅では大勢の人が一斉に降りて、座席が幾つも空いた。


 長らく立ち続けていた僕たちは、直ぐ近くで空いた席に腰掛けた。


 タイミングが良かったのか、悪かったのか、その話は終了した。


 しかしながら、二人の位置関係が前と逆になった。


 ドアに近い長椅子の左端に、明菜ちゃんが座った結果、僕は右側に並ぶことになったのだ。


 たったそれだけのことで、気詰まりになり、二人の会話は途切れ勝ちになった。


 こんな時、女性との交際経験が豊富な男だったら、一体どんな話題を振るのだろうか。


 気の利いた話題転換のできない僕は、ただ状況に流されていた。


 決定的な売りのタイミングを逃した株式みたいに、ずるずると下げて行くチャートを呆然と眺めるだけ。


 暫く黙っていた僕は、沈黙に耐えかねてどうでも良い事を口にした。


「食べ物、何買って来たの」


「うん」


 明菜ちゃんはポリ袋を開いて見せた。

 僕は中を覗き込む。


「セブンスが無かったから、ライバルのローサンで買っちゃったよ」


 明菜ちゃんはぎこちない笑みを見せた。


 袋の中に三色味のおにぎりと、定番の三角サンドが見えた。

 ペットボトルもある。


「ゆで卵どうしようかと迷ったけど、あの匂いがね」


 明菜ちゃんは一言ずつ区切るように言った。


 話をつなぎたい僕は、できるだけひょうきんに話し掛けた。


「ゆで卵はダメでしょ。

 買わないで正解だよ。

 俺、ゆで卵食べると臭い屁が出ちゃうかも知れないし」


 明菜ちゃんが笑った。


 性格には合わないが、この場ではひょうきん者を演じ続けることにしよう。


「コンサート会場で屁こいたりしたら、灯火にも近くの人達にも申し訳ない。

 その時は出て行くしかないか」


「やだぁ! じゃあ、その時は私も出て行くから、置いて行かないで」


 笑顔から、ぎこちなさが消えてきた。

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