第14話 僕の投資手法と楽しい長電話

 ここで、同じ銘柄めいがらの株式を、買ったり、売ったり、買い戻したりする僕の投資手法とうししゅほうを、簡単に説明しておく。


 一般的に、株価は長期間で見ると、右肩上がりに値上がりが続く上昇トレンドと、逆の下降トレンドを繰り返すものだ。


 そして、その上昇トレンドまたは下降トレンドの中に、波のように上下する動きの中期的パターンを幾つか内包している。


 それぞれの中期的パターンの中には、さらに短期的なパターンがあって、それぞれが小さな波動を繰り返している。

 それを株価を縦軸たてじくに、期間を横軸にして、視覚的に値動きを分析するグラフが、株価チャートだ。


 資金力の大きな、ウォーレン・バフェット氏のような投資家は、多くの株式銘柄を大量に保有し、リスクを分散しながら、確実性の高い、中長期的投資で利益を確保する手法を行使する。

 資金力があれば、広く深い情報力も備わってくるから鬼に金棒だ。


 資金力の小さな、僕のような投資家は、投資対象をしぼるしかないし、短期的な波をとらえる手法を選ばざるを得ない。


 制限のある中で、数少ない投資対象の値動きを見続けていると、対象固有の特徴的な動きに気付きやすくなる。ミクロ分析だ。


 特徴的な動きを見極めた上で、同一どういつ銘柄の短期的売買を繰り返す。

 それが僕の手法である。

 勿論、その会社が属する業界全体の動き、日本経済全体の動き、世界経済全体の動き、などのマクロな動きも観察しておかなければならないが。


 さて、この時期の新日鉄は、短期的スパンで小さな上げ下げを繰り返しながら、中長期的には上昇トレンドを形成していた。


 僕はその上げ下げの波を、サーファーのようにうまく捉えて、売り買いを繰り返していた。


 僕の方法はハイリスク・ハイリターンではなく、ミドルリスク・ミドルリターンの手法だと自分勝手に考えている。


 さて、前日十四円高の急騰きゅうとうの反動で、新日鉄はかなり下げると思っていた。


 昨日売った四八〇円より五円安く買い戻したかったが、相場は中々思惑通りには行かない。


 開始早々の四円高、四八八円と云う高値を観て、今日は余り下がらないなと感じた。

 買い注文の指値さしねを四八六円に変更した。


 前日七千株を四八〇円で売って、翌日八千株を四八六円で買い戻した。

 それだけでも間抜けなのに、新日鉄はその後下がり始め、四八〇円の安値を付けて、前日比三円安の四八一円で引けた。


 昨日三日間で六万五千円儲けたのは果たして良い判断だったか。


 考え過ぎないようにしよう。


 何が一番良かったのかは、後になってみなければ分からない。


 朝起きた時からずっと気にしていた、灯火のコンディション。

 それについては、九時の東証とうしょう(東京証券取引所)オープンから、前場取引ぜんばとりひきが終了する十一時まで、二時間もの間すっかり忘れていた。

 僕は改めて自分の薄情はくじょうに気が付いた。


 株取引はうまく行かなかったが、今夜のコンサートペアチケットについては、予定通りだった。

 ヤフオクの、取引完了を知らせて来たEメールの通り、午前十一時過ぎに速達が到着した。


 チケットを確保した僕は、さきの約束通り、お昼頃、中島さんの携帯に電話した。


 火曜日に勤め先で誘った時や、その翌日のかたい雰囲気と比べて、中島さんの電話応対は全く違っていた。


 二人の話は、昨日、木曜日のコンサートの様子や、勤め先のコンビニで、僕の入店時刻前に、かつて起こった、幾つかの小事件の話題などで弾んだ。


 彼女が、かなりの笑い上戸である事も初めて知った。


 電話を切った時、通話時間は三一分間と表示されていた。

 電話が苦手な僕にとっては、これはまさに驚異的な数字である。


 長く話ができたのは、声だけの気軽さからだったのか、二人の気持ちが通じ合ったせいなのか。


 中島明菜さんとは、進展しないと予測していたが、恋の株価の先行きに明るい先行指標が現れた。


 それでも僕は、昨日のことを思い出して、運気の日中足にっちゅうあし(※一日の相場の中で値動きの推移を示すグラフ)チャートは、値動きが強そうに見えても、乱高下らんごうげし得るものと戒めた。


 日中足の五分足ごふんあしチャートを考えてみればすぐ分る。

 次の五分間の動きを的確に予測することなど、恐らく誰にもできない筈だ。

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