第2章 邂逅と再会 前編

第13話 キャベジンさんとライヴレポート

 夜遅く帰宅した僕は、今日の様子を『灯火の間とうかのま』と云う、ファンサイトのブログへ簡単なコメントを入れた。


 キャベジンさん。『灯火の間』の管理人のハンドルネームだ。

 彼は灯火の喉の不調を知って、相当心を痛めたようだ。


 灯火ファンサイトは、ここ以外にも幾つかあるらしく、彼はあちこちと調べて回ったことが分かった。


 翌日金曜日、キャベジンさんの新記事があげられていた。

 さいたま初日の灯火ライヴ関連の記事である。


 記事の内容はこうだ。

 コンサートを観覧した人たちの感想はおおむね好評であるが、一部の手厳しいコメントも見つかったとあり、例として次の二つを紹介している。


『プロのアーティストならば厳しく自己管理すべきである』


 もっともな意見だが、これはテンプレだ。

 本当にあの場にいたのだろうか。

 誰かから聞きかじっただけではと、僕は疑っている。

 

 二つ目のコメントは、経済的で具体的な批判だった。


『コンサートを観に来る人々の中には、時給八百円とか九百円のアルバイトで、こつこつと貯めた中から、七千五百円とか九千円もの高額なチケットを買った人もいる。

 出費に見合わない、不出来な内容にはがっかりした人も多い筈。

 コンディションが悪いなら、チケットを払い戻して中止にして欲しかった』


 この人は前半では客観的な言い回しをしているが、最後になって全てが自分の本音であることを暴露ばくろしている。

 灯火のライヴが中止になったら、がっかりする人の方が圧倒的に多いと断言できる。

 絶対に不出来ではなかったし。


 まあ、感想は人それぞれだから、この人も間違ってはいない。

僕はこの人が嫌いなだけだ。


 残念ながら、この人にはあの不可思議な現象は体験できなかったようだ。


 二つ目の長めなコメントの紹介には、キャベジンさんのいらだちを感じた。


 率直そっちょくに言えば、灯火ファンが集まるサイトの中で晒し者さらしものにしたのだ。

 その証拠に彼は、少ない批判コメントを先に並べてから、打ち消すように応援コメントを多く紹介していた。


 昨夜の灯火は、超高音域と超低音域で発声に苦しんでいた。それは確かだ。


 言い訳にはならないかも知れないが、灯火の持ち歌の多くは音域が広い。

 平均と比べて、低音部でキーが一つ低く、高音部では三つか四つほどキーが高い歌まであるのだ。


 そんな難曲を、十数曲も歌い続けるコンサート、それもツアーで行うのは喉に対してはかなりの負担だ。


 それはおいといて。


 好評コメントの方には、やはり僕と同じ体験をしたと思えるものが幾つかあった。

 それらを並べるのはくどくなるのでやめておく。


 「さいたま二日目」にも行くかも知れないと、キャベジンさんには伝えていた。

 彼は、灯火のライヴ二日分のレポート記事を書いて欲しいと、僕の株式投資ブログにコメントを入れて来た。


 僕は迷った。


 キャベジンさんの、灯火ツアー大阪公演レポートがあまりに素晴らしかったので、自分には書けないと思った。


 逡巡しゅんじゅんのち、書いてみますと、僕は応じてしまった。


 これでも小説家を目指している僕は、文章を書くこと自体は苦にならない。

 問題は灯火ファンとしてのレベルだ。

 コアなファンから見たら、僕はスライムに勝てる程度の雑魚ざこに過ぎない。


 灯火の歌はよく聴く。

 電車移動中にiPodで聴く。

 パソコン作業中にiTunesで聴く。


 ただのながら聴きだ。


 歌詞はほとんどうろ覚え。

 歌を聴いて、タイトルを言えるのはシングルヒット曲ぐらいだ。


 この程度の僕に、キャベジンさんのような、詳細なレポートを書ける筈がないのだが…


 灯火と、その本物のファンの為になるなら、書く意味があると思った。

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