第12話 灯火の異変と運命の進路変更

 第二部が始まった。


 トータル五曲目のバラード「サクラ舞い散る」

 今度は高音域が所々かすれて聴こえない。


 バックを彩る桜吹雪の美しい映像。

 そこはかとなき悲しみを増殖させる。

 見当違いにも、その桜色の情景を僕は憎んだ。


 灯火は追い込まれても尚、を守りきる。

 そこに位置すべき本来の音階を、発声コンディションの都合に合せて、適当に上げ下げしたりはしない。

 伝えるべきものを精一杯に表現し、周波数を同期しようとする人たちには、溢れ出る情感が伝わるのだ。

 絶好調でも、バッドモードでも、灯火は正真正銘のアーティストだ。


 後の一曲一曲について、これ以上くどくど述べることは控えたい。

 この日のステージは、聴く人、観る人によって評価が大きく分れるに違いない。


 危ういバランスを保ちながら、灯火は最後の最後まで歌い切った。


 この日の灯火に大きな失敗があったとすれば、余計な不安感を生み出して、一体感を共有しようとする聴衆の集中力をぎ取ってしまった。

 その一点にこそある。


 二曲のアンコールナンバーをこなして、危うさを見せながらも完遂かんすいしたライヴコンサート。

 そぼ降る雨の中を、明日への不安感を払拭ふっしょくできないまま、鈍重どんじゅう団塊だんかいの流れに身を任せ、長い外周スロープを、来た時とは反対方向へ、僕は背中を小さくして降りて行く。

 傘は差していたが少し濡れた。

 内側はびしょ濡れに湿っていた。


 高揚感こうようかんは残っているが、爽快感そうかいかんは失われていた。


 明日こそは、灯火のベストパフォーマンスを見たい。

 体調が悪いなら、大事を取って休んでもらいたい。

 矛盾する願いが交錯こうさくする。


 観客の多くはどう感じたか。

 例えば中島さんが、今日のライヴを観たらどう思うのだろうか。

 灯火より一つ上の二四歳男性ファンと、三つ若い二十歳はたちの同性ファンの感じ方には、どれ位の違いがあるのだろうか……


 灯火の不調に気を取られ、この時はまだ気付いていなかった。


 予感どおり、運命の進路変更が進行中であること。

 次の日、それは明瞭明白めいりょうめいはくになった。



 ポイントは切り替えられ、運命の列車は行く先の軌道を変えた。

 終着駅がどこになるかはまだ分からない。

 僕の人生が経由する路線名は、京浜東北線から高崎線へ変わり、望まないポイント切替で宇都宮線へと変わった。

 次のポイントが切り替える先の路線名は、迷路迷宮線かも知れない。


 人生の迷宮で、灯火の歌が道標みちしるべになるとは、この時の僕には知るよしもなかった。




(第1章 灯火が僕にくれた道標  完)


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