第11話 4曲目の異変

 僕たちの灯火は、テンションを上げてぶっ飛ばす。


「さあみんな用意は良いか! 今日はどんどん行くぜぇ! 最後までついて来いよぉ!」


 独特なハスキーボイスだ。

 ボーイッシュだけど、ファンにとってはたまらなくセクシー。


 灯火が右腕を高く突き上げる。

 呼応した一万八千が右手を突き上げた。決戦前の軍団さながらだ。


「「「「おおーぅ!」」」」


 不揃いな発声が、共鳴とは違うとなった。

 控えめな僕の声も、うなりの構成要素だ。


 気の揺らぎが、各々の内側からマグマを加熱し始める。


「出発進行!」


 元気な掛け声で「3 days trip」が始まった。

 未来では宇宙旅行もお気軽だ。

 アップテンポなポップスで、灯火はファンをトラベルにいざなう。

 スペースシップのCAは、ステージ中央から右へ左へとステップする。


 灯火が手拍子を要求すると、三方のスタンドシートでも、立ち上がる人が多くなって来た。


 「3 days trip」が終ってみると、我が三階席では、スタンディングしていた多くが座り直した。

 谷底へ向かう、暗い急傾斜スタンド席の恐怖感はまだまだ消えてない。

 この恐怖感を根こそぎ奪い去って、総立ちにまで持って行けるか、そこが興味の一つだ。


 次の曲が始まった途端に、興味は打ち砕かれた。


 灯火の低音が出ないのだ!


 もしかしたら出ているのかも知れない。

 そう信じたかったが……

 聴衆の耳に明瞭に聴こえなければ、それは出ていないのと同じだ。


 不可思議ふかしぎな現象が起きていた。

 耳に聴こえない灯火の低音が、僕の胸に直接響いている。

 聴衆の多くも、同じ体験をしているように感じた。


「♪こうなることは分かっていた。分かっていたにどうして~♪」


 セカンドシングルの懐かしい歌は、iPodで聴く日常とはやはり違う。

 そのフレーズは、僕の心をぐいぐいとえぐる。他の多くが感じているように。


 四曲で構成された第一部は、この「君がいなくても」で終了した。


 幕間まくあいも、声の不安がよぎり続ける。


 当らなくてもいい懸念けねんこそ当ってしまうのだろうか……

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