第3話 チケット探しと中島さん

 最近になってブログを始めた。

 

 日中は殆ど株価ボードを見ていたが、単に株価を追い続けるだけでは疲れるだけだし、その取引時間中ちょこっと遊ぶにはブログと云うツールが僕にとって好都合だったのだ。


 僕が始めたヤフーのブログの中に、熱心な灯火とうかファンがやっているものを見つけ、そこへ足繁く通うようになった。


 面倒臭がりな僕は、アイドルたちの公式サイトというものが、それほど頻繁には更新されず、押し並べてつまらないものと認識していたので、灯火のものでさえも全く観ていなかった。

 観るなら熱心なファンがやっているものに限るとさえ思っていた。

 そしてその通り「灯火の間とうかのま」と云うファンサイトのブログでは、灯火について幅広くかなりの情報を得られた。


 中でも一番感動した記事は、『TOUKA TOURS 2006』と題された、セカンド全国ツアーライヴの大阪公演鑑賞レポートだった。

 彼はやっぱり僕なんかとレベルが違う。

 灯火の詩は全てそらんじているようだし、記事の一節一節に、灯火の歌への感動が埋め込まれていた。

 生で灯火を観て聴いてみたいという強い欲求が唐突に湧き上がった。

 二年間も休止していたヤフオクで検索してみると、かなりの数の出品があった。


 レインボーブリッジから東京湾へ飛び込んだつもりで、ツアー最終日東京公演アリーナSS席二列目のペアチケットに対し、最高額を定価の倍額に設定して入札した。

 二日間ほどは僕の応札が最高値だった。ほとんど落札気分の僕は笑えることに、バイト先の中島さんをどうやって灯火のコンサートに誘うか、かなり真剣に悩み始めていた。


 内気な僕には女性をデートに誘った経験が殆ど無い。

 高校二年生の時に一夏ひとなつ付き合った女の子がたった一人いるだけで、理由も分らぬまま彼女に振られてからというもの二四歳になる今まで、「彼女居ない歴」は主体たる僕をおいてけぼりに、オートドライブモードで勝手に記録を伸ばし続け、今や重力圏外まで飛び出したロケットが、慣性の法則に従って永久飛行を続けているみたいだった。

 それでも、あの鉄人松井秀喜の偉大なる日米通算1768試合連続出場記録が、例のレフト前に落ちそうな打球にダイビングキャッチを試みて、その直後手首があらぬ方向に曲がっているのが遠目でも分かるほどの酷い骨折をしてしまった悲劇的事故で唐突に止まってしまったように、僕の小さな悲劇的喜劇的連続記録もいつか止まる筈なのだ。


 他人が聞いたら吹き飯ものだが、そんな屁理屈をつけて、ペアチケットと云う必殺アイテムを見つけた僕は、慣性の法則にストップをかけようと固く決意した。


 そんな涙ぐましい決意にお構い無く、入札三日目に理由も明らかにされないまま出品はあっさりと取り消された。

 すぐさま別の出品を探し出し応札してみたが、経過も結果も前回とほぼ同じ。頭に描いた中島さんの笑顔がかすんで行く。


 それでも諦め切れなかった僕は、最終公演の代々木第一体育館にこだわるのをよして、千葉からは遠くアクセスも不便で、おまけに公演日が間近に迫る「さいたまスーパーアリーナ」初日、八月十七日木曜日のペアチケットに対し、最高額二万円を設定して応札した。

 S席指定とは言うものの、ステージまで遠く斜めに見下ろすことになりそうな四階スタンド席。灯火を観られるならもう座席などどこでもいいやと云う投げ遣りな気分だ。


 八月十四日、入札したその夜に落札した。なんと一万五千円のペアチケットをたった九五〇〇円で入手できた。

 出品者も一緒に行く友達が急に行けなくなったのでと、格安スタート価格の出品理由を記載していたっけ。


 その夜の内にEメールでやり取りして、二年前には無かった様な気がする「ヤフーかんたん決済」でカード支払を済ませた。


 実は既に司法書士事務所を二年前に辞めていて、いわゆるフリーターになっていたから、本当の所クレジットカードの信用基準には達していなかったのかも知れないが、自ら転職の事実をカード会社に申告して、こんなにも便利な文明の利器を失うまねをするつもりはさらさら無かった。

 それはさておき、翌十五日午前中にチケットを発送したとのメールが来た。コンサート前日には僕の手元に届くだろう。


 いよいよ今日は中島さんを誘わなくちゃいけない。そう考えたら何故か、木曜日は都合が悪いと言われそうな予感がした。


 ヤフオクにはさいたま二日目、八月十八日のペアチケットが新規出品されていた。

 しかも三〇〇レベルと云う、スポーツ観戦ならスィートシートに相当する最上級ペアチケット。

 アリーナモードでもシート環境自体変わる訳も無く、遠くてもステージ正面、余裕の三列仕様のシートは足元ゆったりラグジュアリー。

 この日の午後僕は、保険の意味でこれにも応札してみた。それもこれも初日分が一万円足らずで入手できたお陰なのだ。

 しかしながらこのオークションは、さらにタイトなスケジュールだった。終了時刻はコンサート前々日の十六日夜。

 落札してすぐ出品者と連絡が付いたとして前日十七日送金、同日出品者が入金確認、チケット郵送。

 全て順調に行くとして十八日当日チケット到着という、車に例えるならシビアでセンシティブ極まりないレーサー仕様のセッティングだ。

 タイトコーナーを目一杯攻めている時、もしもステアリングの手がふるえたりしたら、遊びが無いから一発スピン。タイムアタックしているんじゃないっての!


 設定終了時刻には腹が立つがチケットは欲しかった。

 ハイリスクハイリターンの原則により、応札最高額は一万円ぽっきりに決めた。

 この程度の出品者には相応な処置さ。

 核開発を止めない北朝鮮やイランに対して、経済制裁する大国アメリカの大統領にでもなったような気分に支配されていた。 違っていたのは、見た目強気の両国が、内心ではアメリカを大いに恐れていることに対して、かの出品者は僕の制裁意識など全く知る由も無く、単なるマスタベーションに過ぎないことだった。

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