第40話 壁に当たる新人

 

 次は瓜アラ子。

 さっきの今なので不安だなぁ、と思いつつ招き入れるとくねくねしながら入ってきた。

 

「ねー、椎名さーん」

「なんだ?」

「織星くんって年いくつ? ウリコまだ事務所で会ったことないんだよねぇー。噂だと超イケメンらしいじゃん? 今度いつくるの?」

 

 嘘だろ。茉莉花が言ってたことを秒速フラグ回収すんのかよ。

 猫撫で声でそんなこと言ってくる瓜にガチでドン引きした。

 だか、不思議と確信があってすぐにスン……と冷静になる。

 

「今度の水曜日に『Starsスターズ』のチャンネル番組収録あるよ。来たければ来れば」

「マジで! いいの? 優しいー椎名さーん! 好きになりそう〜」

 

 好きにねぇ。

 なるほど、こうやって男を期待させていくのか。

 言うて自分の都合のいい男に対してだけなんだろうけれど。

 本人には言わないが、瓜は確かに金持ちだし美人の部類だ。

 でも露出は高いし美人度合いなら茉莉花の方が圧倒的に上だし、こういう派手な女を好む男って単純に「ヤれそう」だからなんだろうな。

 生憎仕事が楽しくて性欲枯れ気味の俺には全然魅力的に見えない。

 おかしいなぁ、俺ってまだ二十代も前半でお盛ん真っ盛りのはずなんだけどなぁ。

 このあからさまなタイプ見ると食指がまるで動かねぇ。

 むしろドン引きする。

 誰にでもこう猫撫で声でくねくね近づかれると「汚ねぇなぁ」って感覚が先に来るんだよなぁ。

 いや、瓜が浮気してるかどうかは知らんけど。

 

「ほら、収録終わらせて。お前も忙しいんだろう」

「はぁーーい。よろしくお願いしま〜す」

 

 と、ヘッドフォンをつけて『Vtuber、瓜アラ子』になってセリフをつらつら喋っていく。

 不本意ながら布の面積が少ないので布ずれ音はほとんど入らない。

 問題は紙ずれ。台本を捲る音がまるで容赦なく入ってくる。

 その上「むちゅ、むちゅー」と謎のリップ音を入れてきた。

 頭を抱えた。

 シナリオは各自に任せており、スタッフもマネージャーも事前チェックしていない。

 内容自体はマジで意味わからんくて、瓜がタコを釣ってそのタコの吸盤に唇が吸われている状況……らしい。

 まあ……ボイスだし……配信じゃないし……タコだし……。

 セーフ、なの、か?

 

「まあ……あとはこっちで編集しておくからいいよ……」

「あざまーす! じゃあ水曜日に遊びにきますね!」

「あそび……」

 

 遊び、だと?

 ま、まあ……事務所には気軽にきてくれていいんだよ、事務所だし。

 でもなんかこう、水曜日って言ってるところに「あーあ」っていう感じがするよなぁ。

 

 

 

 ――という感じでその日は収録に徹した感じで帰宅。

 明日から収録音源の編集だなぁ、と思っていると、アマリが珍しく部屋から出てきた。

 

「お……お兄ちゃん……あ……お、お帰りなさい……」

「どうした?」

 

 ギョッとしてしまった。

 あまりにも顔色が悪い。

 慌ててアマリに近づくと「ごめんなさい」と言い出した。

 

「なにがごめんなさいなんだ? 大丈夫か?」

「わ、私……もしかしたら……炎上しちゃった、かも……」

「ええ?」

 

 今日のアマリの配信、電車の中で聴きながら鑑賞していたけれど別にいつも通り問題なかった。

 なにがあったんだ?

 コメントに変なのが沸いていたのか?

 そんなの気にせずブロックしていいんだぞ、とデビュー前から言い聞かせていたが、泣き出したアマリを宥める方が最優先だ。

 椅子に座らせて熱くなってしま頭背中を撫で、作り置きのお茶を淹れて飲ませる。

 ボックスティッシュを横に置き、足元にゴミ箱を設置。

 鬱の頃によくこうやって宥めていたが、よく考えるとこうなるのも久しぶりだ。

 それほどまでに、アマリの配信者活動はアマリの心身の健康を改善してくれていたんだな。

 そんな甘梨リンの活動を妨害するような輩が現れたのだとしたら、お兄ちゃんは全力でぶっ潰しちゃうぞ☆

 

「ごめ、ごめん……お兄ちゃん」

「少し落ち着いてきたか?」

「う……うん……ごめんね……」

「大丈夫だよ。なにがあったか話せるか?」

 

 うん、と俺が聞くと落ち着いてきたアマリはまだティッシュで涙と鼻水を拭いつつ説明をし始めてくれた。

 曰く、最近の配信に『織星くんと早く恋人にならなきゃだめ』とか『応援してるんだから織星くんに告白しろ』とか『なに調子に乗ってんの?』とか『ハルト君と付き合わないなら配信者やめろ』とか『恋愛ごっこ乙』とか『どーせガワだけ美少女のリアルブスのくせに調子乗んなよ』とか、かなり強めのコメントが多く流れ始めたらしい。

 やはり登録者数が増えたことで、治安の悪い層にも認識され始めてしまったようだ。

 ただ、大手の箱や茉莉花や夜凪から流れてきた登録者は品行方正なので、その手のコメントに対して反応はせず『甘梨ちゃん、気にせずにね』『ブロックしちゃってもいいんじゃん?』『ゲーム配信めっちゃ面白いよ!』『今日も可愛い!』と全力で褒めコメントをしてその手のコメントを流して配信者に見えないようにしてくれていたらしい。

 アマリも配信中は「なんか変なの沸いてる?」くらいの認識だったが、配信後にコメントを確認したらそういうコメントが多く沸いていた、という。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る