第39話 古参組 2
「じゃあ浮気確定したらどう復讐したらいいと思うー? 茉莉花たちならどうやって締め上げたら反省すると思うー? とりあえず旦那の実家には連絡するつもりなんだけどぉー」
「旦那いないからわからない」
「わたしも」
と、割とやんわりして流したのは茉莉花と夜凪。
やはり古参組の中では常識人である。
「おれっちなら淡々と済ますなぁ。彼女おらへんけど」
「ウリコは炎上気をつけなさいよ。後輩も増えてるのに、三番目に古参のアンタが炎上したら示しつかないんだから」
「えーーー。ルラちゃん、相変わらず冷たーい」
ヤバい、空気がどんどん悪くなってる。
瓜と同じく不穏な配信が多かったが後輩が増えて責任感が出てきたのか、そふらのも最近はまともな配信が多く、路線を歌とゲームで固めてきていた。
そのせいなのか、そふらのは瓜と距離を置きたがっている。
鍵置は元々、瓜とソリが合わないらしくて顔を合わせるといつもこういう空気になるんだけど。
たしかに社会不適合者な面々にとって、派手な立ち居振る舞いとセレブ風のリア充である瓜は相性が悪い。
生活がかかっている他のライバーに対して、瓜は完全に“時間潰しの趣味”の範囲。
いつ辞めてもいい、みたいなところがあるためスレスレの内容で配信しているんだよなぁ。
そんで、それがまたガチで配信業をやってる勢である茉莉花や夜凪、鍵置にはムッとしてしまう態度ってことだ。
もちろんみんな大人なので、他人の配信スタンスに口出しすることはない。
だからその分、瓜も真剣にやってる勢への最低限リスペクトをしてほしいのだ。
だが、事務所としてはその辺、どこまで踏み込んでいいのかわからない。
「ねぇねぇー、椎名さんはどー思うー? 男の人ってどんなことされたらイヤー?」
「ヒィ!」
「ウリコ」
突然標的を俺に変え、耳に息を吹きかけてくる瓜。
ゾワッとして変な声出しちまったら、茉莉花が聞いたこともないような低い声で瓜を静止した。
肩を掴み、俺の背後から瓜を引き離してくれる。
あー、びっくりした。
「やだー、怒っちゃ、や・だ。茉莉花本物の鬼姫みたいになってるゾ☆」
「旦那の浮気の話してるのに、なんで椎名さんにセクハラしてるのよ。夜凪、わたしが収録中ウリコが変なことしないように見張っててよね」
「りょ。ほら、ウリコ、離れて」
「あ〜〜〜ん。みんな意地悪すぎなーい?」
「仕事中ふざけないで」
割とガチトーンで怒られて、唇を尖らせながら収録室横のソファーに座る瓜。
左右を夜凪と鍵置に挟まれ、茉莉花が収録室に入ってくる。
ヘッドフォンで自分の声を確認して、リハーサル。
俺は機材を調整して、収録ランプをつける。
「リハもっかいやっとくか?」
「いえ、本番で大丈夫よ」
「じゃあ、いくよ。3、2、1……」
ガラス張りの収録室は録音操作をする部屋とマイクで収録する人間が分かるようになっている。
サインを出して茉莉花がマイクの前でセリフを読み上げていく。
俺もヘッドフォンでその声を聞いている。
MIXも必要ないくらいに綺麗な声。
布ずれや台本の紙ずれ音があれば、その音を除去しなければならないからな。
だが、茉莉花はそういう雑音を入れない。
声も綺麗に出してくれるので、編集作業はあまり必要なさそう。
さすがだな。
配信業以外の時間もボイトレに行ったりジムで体を鍛えたり、交友関係を広げてネタ作りしたりと茉莉花は本当に努力家だ。
この一分弱のボイス収録だけで、茉莉花が普段どれほど頑張っているのかがわかる。
「オッケー。完璧だな」
「ありがとうございます。じゃあ、わたしこのあと予定あるから帰りますね」
「うん、忙しい中お疲れさん」
「ウリコには気をつけてくださいよ。あいつ、他人の男を欲しがるタイプだから。甘梨ちゃんと織星くんのやり取りにも、興味示してたから」
「他人の……え? 瓜ってそういうタイプだったのか?」
「そーよ。椎名くんも気をつけてよ? あの女、既婚者なんだからうっかり手を出したらその瞬間に高額慰謝料請求対象になるんだからね」
「ひぇ……も、もちろんわかってるって! そもそもああいう派手なのは好みじゃないし」
と、言うと茉莉花は「そ、そうなの。もう少し地味な方がいいのね」と呟く。
え、と振り返ると茉莉花に見上げられた。
茶色髪を指でくるくる弄り、上目遣い。
ぐっ、かわいい……いや、やっぱり茉莉花は美人なのでこんな感想は違うのかも?
「えーと、じゃあ、また」
「あ、ああ、お疲れ」
未だかつて茉莉花とこんなに微妙な空気になったことない。
く、なんだこのギクシャクしたやりとり。
アマリがあんなこというから!
いやいや、気を取り直して!
「じゃあ次、夜凪」
「はいー」
茉莉花が収録室から出ていくと、次に夜凪が入ってきた。
夜凪も歌中心で声がめっちゃいい。
今日なので雑音も入らないし、茉莉花同様完璧だ。
一発OKを出して親指を立てると、夜凪も親指を立てた。
「お疲れ様」
「お疲れ様です。あ、自分収録スタジオの中で待機してていいですか? このあと歌の収録したいんで」
「ああ、予約入ってたもんな。手伝うか?」
「マジ? いいんですか? 助かります」
「いいよ。っていうか、スタッフなんだから使えよ〜」
「ありがとうございます」
あまり表情を出さない夜凪が嬉しそう。
で、収録スタジオの待合用ソファーに戻っていく。
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